海東
かいとう
名詞
標準
文例 · 用例
この地方は東海東山両道の末をうけて、一番奥にある異民族住居の国であつたから、漠然と道の奥と呼んだに他ならぬ。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
)海東二千里|定而又かはり候事と奉存候。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
スラバヤ同様猴に懐妊を祈ること出口米吉氏の「土俗覧帳」(『人類学雑誌』二八巻十号)に『大朝』紙を引いて、尾張海東郡甚目寺観音院境内にオサルサマあり、子を授くるとて信者多し、その本尊木彫の猴、高さ一尺内外の坐像、半身大の桃実を抱き真向に坐す。
— 猴に関する伝説 『十二支考』 青空文庫
それと最初の答から海東郡だの神守村だのという言いにくい言葉ばかりなんだから。
— 大杉栄 『獄中消息』 青空文庫
有栖川宮熾仁親王を征東大総督に仰ぎまつり、西郷隆盛参謀、薩長以下二十一藩、雲霞の如き大軍は東海東山、北陸から、堂々として進出した。
— 国枝史郎 『大捕物仙人壺』 青空文庫
第一、海東の大日本人である。
— 釋迢空 『死者の書』 青空文庫
上海東方通信社の波多博君もその一人である。
— 芥川龍之介 『上海游記』 青空文庫
経には江戸三百年の風流を呑却して、万変自ら寸心に溢れ、緯には海東六十州の人情を曲尽して、一息忽ち千載に通ず。
— 芥川龍之介 『「鏡花全集」目録開口』 青空文庫