東遊
あずまあそび
名詞
標準
文例 · 用例
」 橘南谿の東遊記に、これは清衡存生の時、自在坊蓮光といへる僧に命じ、一切経書写の事を司らしむ。
— 泉鏡花 『七宝の柱』 青空文庫
寛政年間に出版せられた京の名医橘南谿の東遊記には、「天地ひらけしよりこのかた今の時ほど太平なる事はあらじ、西は鬼界屋玖の嶋より東は奥州の外ヶ浜まで号令の行届かざるもなし。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
南谿の東遊記西遊記は江戸時代の名著の一つに数へられてゐるやうであるが、その凡例にも、「予が漫遊もと医学の為なれば医事にかかれることは雑談といへども別に記録して同志の人にも示す。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
れいの「東遊記」で紹介せられてゐるのは、この寺である。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
東遊記にまた曰く、「波打際に大なる岩ありて馬屋のごとく、穴三つ並べり。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
れいの「東遊記」にも、「昔より北地に遊ぶ人は皆夏ばかりなれば、草木も青み渡り、風も南風に変り、海づらものどかなれば、恐ろしき名にも立ざる事と覚ゆ。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
甲冑堂 橘南谿が東遊記に、陸前国|苅田郡高福寺なる甲冑堂の婦人像を記せるあり。
— 泉鏡花 『一景話題』 青空文庫
この両様とも悉しくその姿を記さざれども、一読の際、われらが目には、東遊記に写したると同じ状に見えていと床し。
— 泉鏡花 『一景話題』 青空文庫
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東遊(あずまあそび)は、雅楽の国風歌舞に類される長大な組曲である。
出典: 東遊 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0