謹上
きんじょう
名詞
標準
文例 · 用例
暮に取立ての初穂を、まず新しい苞入にして、切火を打って、ここから七里ある、小田原なる城の鎮守、親仁が産神に、謹上。
— 泉鏡花 『わか紫』 青空文庫
芝入舟町|甚七店 束巻師 源五兵衛 謹上 墨痕あざやかに書かれてあったのは、右のような不思議きわまりない幾文字かでした。
— 献上博多人形 『右門捕物帖』 青空文庫
いつかおれはあの男が、海へ卒塔婆を流す時に、帰命頂礼熊野三所の権現、分けては日吉山王、王子の眷属、総じては上は梵天帝釈、下は堅牢地神、殊には内海外海竜神八部、応護の眦を垂れさせ給えと唱えたから、その跡へ並びに西風大明神、黒潮権現も守らせ給え、謹上再拝とつけてやった。
— 芥川龍之介 『俊寛』 青空文庫
足利時代になると奧州は鎌倉管領の支配に屬し、諸大名は關東衆といふ名の下に一括され、所謂謹上衆と稱する第二流諸侯の資格を與へられ、篠河殿といふ觸れ頭が奧州に置かれてからは、其統率を受くることゝなり、要するに奧州と上方とは間接の關係になつた。
— 原勝郎 『日本史上の奧州』 青空文庫
(足利)康永二年十月卅日 直義(花押)謹上 三宝院大僧正御房 とある。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
治承四年七月十四日前右兵衛督光能承って謹上前右兵衛佐殿へ」 院宣を両三度読み終った頼朝は、大きく息を吐いた。
— 第五巻 『現代語訳 平家物語』 青空文庫