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征韓論

せいかんろん
名詞
1
標準
Seikanron
文例 · 用例
爰に於て征韓論の大破綻あり、佐賀の変、十年の役等は蓋し其の結果なるべし。
北村透谷 明治文学管見 青空文庫
そこへ征韓論が破れて、西郷さんが帰国したというのだから一大事である。
夢野久作 近世快人伝 青空文庫
廃藩置県と征韓論 明治元年正月の鳥羽伏見の戦ひで始まつた維新戦争は、翌二年函館の幕軍が降伏して、一段落となり、輝かしい天皇親政の御世となつたが、しかし天皇親政の障害となるものは、徳川幕府だけではなかつた。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
明治六年の征韓論に就いての廟議の紛糾は、当時の重臣間に於ける文治派と武断派との意見の対立ではあるが、武断派の思想的背景としては、西洋文明の輸入に快からざる保守主義的傾向、攘夷思想の変形である国権論、武士階級の撤廃に対する不満、薩長専制に対する不平などが横はつてゐることを見逃すことが出来ない。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
が、当時の征韓論は、たとひそれが当時の情勢から云へば無謀であつたとしても、やはり発展的日本民族の気魄であつて、この気魄があればこそ、後年日清、日露の大戦勝となつたのである。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
が、この征韓論の決裂に依つて、多くの反対勢力を野に放つた明治政府は、爾後数年間、苦難の道を歩まねばならなかつた。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
殊に、征韓論で破れた板垣退助が、立志社を組織し、国会開設の建白を成すや、人心が翕然として集り、自由民権運動が、天下を風靡した。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
日露戦争以後 明治六年に、その時を得ずして、開花しなかつた征韓論の精神が、その時を得て花を開き、実を結んだのが、日清戦争であり、東洋に於ける日本の位置を確立した戦争である。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
作例 · 標準
明治初期の日本政府内では、武力で朝鮮を開国させるべきだという征韓論が沸き起こった。
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西郷隆盛は征韓論を主張したが、岩倉使節団の帰国組によって時期尚早として退けられた。
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征韓論をめぐる対立がきっかけで、多くの有能な人材が政府を去る「明治六年の政変」が起きた。
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ウィキペディア

征韓論(せいかんろん)は、日本の幕末から明治初期において唱えられた朝鮮侵略論をいい、一般的には、1873年(明治6年)の対朝鮮論をさすことが多い。

出典: 征韓論 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0