於此
於此
名詞
標準
文例 · 用例
「……我常住於此 以諸神通力 令顛倒衆生 雖近而不見 衆見我滅度 広供養舎利 咸皆懐恋慕 而生渇仰心……」 白髪に尊き燈火の星、観音、そこにおはします。
— 泉鏡花 『第二菎蒻本』 青空文庫
次に「茶山菅先生之在江戸、一日犬冢印南、今川槐庵、及恬、同陪先生、為墨水舟遊、先生帰郷、十年於此、而今年犬冢今川倶逝、頃先生集刻成、至読其詩慨然」として、七絶が載せてある。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
詩の引には「中秋前一日雨、草堂小集、時棠園西脇翁過訪、余与翁不相見、十余年於此、故詩中及之」と云つてある。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
「賦得人跡板橋霜、次犬冢印南先生遺稿之韻、十一月十六日草堂宿題」の七絶があつて、次に「書懐、印南先生卒後十三年於此矣、十一月十六日草堂小集、因賦此詩」の七律がある。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
於此乎斯道愛好者は宜しく冷静に熟慮反省して、決して人間界に於てこの声を発せず、換言すれば深山幽谷に去って哀猿悲鳥を共として吟ずるか、もしくは環海の孤島に退いて狂瀾怒濤に向って号叫すべしである。
— 夢野久作 『謡曲黒白談』 青空文庫
此神昔石造城坐於此。
— 内藤湖南 『卑彌呼考』 青空文庫
自女王國東度海千餘里、至拘奴國、雖皆倭種、而不屬女王、自女王國南四千餘里、至朱儒國、人長三四尺、自朱儒東南行船一年、至裸國黒齒國、使驛所傳極於此矣。
— 白鳥庫吉 『倭女王卑彌呼考』 青空文庫
速津媛ノ事ハ、豐後國風土記速見郡ノ條ニモ「昔者纒向日代宮御宇天皇、欲誅玖磨贈、幸於筑紫、從周防國佐婆津發船而渡、泊於海部郡宮浦時、於此村有女人、曰速津媛、爲其處之長、即聞天皇行幸、親自奉迎云々、因斯名曰速津媛國、後人改曰速見郡」トアリ。
— 白鳥庫吉 『倭女王卑彌呼考』 青空文庫