永徳
えいとく
名詞
標準
Eitoku era (of the Northern Court) (1381.2.24-1384.2.27)
文例 · 用例
たとえばよその寺で狩野永徳の筆を見せられた時に「狩野永徳の筆」という声が直ちにこの人の目をおおい隠して、眼前の絵の代わりに自分の頭の中に沈着して黴のはえた自分の寺の絵の像のみが照らし出される。
— 寺田寅彦 『案内者』 青空文庫
襖はいづれも、金地で、狩野永徳らが牡丹に唐獅子といつた風な、思ひ切つて華美な絵を描いた。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
絵画も、狩野永徳・山楽、土佐|光吉・光則・光起など彩色目もまばゆい程の華麗なものを描いたし、墨絵も、大幅で、華やかなものがもてはやされた。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
おっしゃるとおり、あたいたちはあの女にかどわかされたんでござります……」「どこでさらわれた」「浅草の永徳寺でござります。
— 死人ぶろ 『右門捕物帖』 青空文庫
親なし子だから、永徳寺にもらわれて、六つのときから小僧になっていたのでござります。
— 死人ぶろ 『右門捕物帖』 青空文庫
おじさんがすぐ永徳寺へ知らせてあげますから、まもなくお師匠が救いとって、慈悲のおそでの下へかばってくれましょう。
— 死人ぶろ 『右門捕物帖』 青空文庫
往時ある処に狩野永徳の描いた空飛ぶ鴈の間といふのがあつた。
— 大正五(一九一六)年 『茶話』 青空文庫
永徳とか、宗達とか、雪舟とか、芦雪だとか、元信だとか、あるいは大雅堂、応挙とか――。
— 上村松園 『屏風祭』 青空文庫
作例 · 標準
北朝の永徳年間には、室町幕府がその基盤を固めつつあった。
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永徳二年、足利義満は花の御所を完成させ、政治の実権を握った。
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「この古文書には、永徳三年の日付が記されていますね」と学芸員が言った。
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