応耳
おうみみ
名詞
標準
文例 · 用例
機械文明の方は自動車にしても、汽車にしても、トロッコにしても(彼は一度|郊外で、赤土を一杯積んだトロッコに轢かれ損ったことがある)、音響なり、速度のある車体の運動なりが、一応耳なり眼なりの感覚に危険を訴えて呉れるから、比較的安全だ。
— 海野十三 『電気看板の神経』 青空文庫
しかし生徒の訳読に一応耳を傾けた上、綿密に誤を直したりするのは退屈しない時でさえ、かなり保吉には面倒だった。
— 芥川龍之介 『保吉の手帳から』 青空文庫
肚のなかで、「またか」と思ふやうなこともあるが、それでも、農村の人々は、どんな人物の云ふことにも、一応耳を傾けるのである。
— 岸田國士 『荒天吉日』 青空文庫
しかし、眼鏡はキミの自由にまかせるが」と眼鏡とコンパクトを彼女に返して、「人の意見も一応耳に入れておきたまえ。
— 坂口安吾 『握った手』 青空文庫
反対にクーレンカンプの演奏は、一応耳で聴いたような、馬鹿正直なものでなく、相当以上に手の混んだ技巧と独特の解釈を持ったものだ。
— 野村長一 『名曲決定盤』 青空文庫
めたん子の父の造平のいふやうに彼奴は眞からのバカなのか、世間が無理やりにバカにして了つたのか薩張り判らない、學校の成績は中位であつて復習といふものをしたことがなく、只、教室で一應耳にいれるだけなのだ、この點からいつて眞統のバカではないのであらう。
— 室生犀星 『めたん子傳』 青空文庫
云々」 しかし、嗤ふに堪へぬ空氣と批判の横溢してゐるのは吉良領、ならびにその周邊だけであつて、全國に遍在する忠臣藏の觀衆は、なるほど、さういふ事實もあつたのかと一應耳をかたむける程度に終るであらう。
— ――忠臣藏は何故流行するか―― 『生きている忠臣藏』 青空文庫