劇本
げきほん
名詞
標準
文例 · 用例
近松が言うには、「これこそ、劇本来の精神をそなえている。
— 茶の本 『茶の本』 青空文庫
仮にわれわれが、「言葉派」なる一派に属してゐるとしても、この顕著なる歴史的事実に眼を閉ぢる筈もなく、わが国の新劇が健康な発達を遂げることを何人にも劣らず祈念する僕としては、岩田氏の「演劇本質論の検討」に対し、必ずしも反駁の意味でなく、聊か補足をしておきたかつたのである。
— 岸田國士 『演劇本質論の整理』 青空文庫
ところが、演劇本来のさういふ性質が次第に失はれ、これを演ずる専門家が出るに及んで、それが芸術としての完成に向ひはしたが、一方、これを営利事業とするに至つて、勢ひ、堕落の道を辿りはじめたのである。
— 岸田國士 『『素人演劇講座』の序』 青空文庫
僕の現在もつてゐる演劇本質論は、「今日までの演劇」を基礎として、その進化の跡を辿り、消長の原因を尋ねて得た結論に過ぎないのである。
— 岸田國士 『文学か戯曲か』 青空文庫
然しながら、これも前に述べた通り、クレイグの演劇本質論は、理想としては誠に立派な議論でありますが、現在に於ては甚だ危険な思想だと云はなければならない。
— 岸田國士 『演劇一般講話』 青空文庫
つまり、芸術的演劇は、小劇場に於て始めて実現し得るものであると主張するのが前者で、いや、芸術的演劇と雖も、大劇場で多くの観衆を満足させるのでなければ、演劇本来の存在意義に反する、大劇場の舞台に於て、ほんたうに芸術的価値を発揮するものこそ、真に偉大なる演劇であると主張するのが後者であります。
— 岸田國士 『演劇一般講話』 青空文庫
所謂「芸の細かさ」は写実劇本来の美からはなほ数百歩の処に在る。
— 岸田國士 『演劇一般講話』 青空文庫
こゝで演劇史を繰返すことはできませんが、要するに、「観る」だけでもなく、「聴く」だけでもなく、強て言葉を弄すれば「眼で聴き、耳で観る」といふやうな一種の境地にわれわれを惹入れるのが演劇本来の「美」であります。
— 岸田國士 『演劇漫話』 青空文庫