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島原の乱

しまばらのらん
表現名詞
1
標準
Shimabara Rebellion (1637-1638)
文例 · 用例
寛政(永)十四年の冬、島原の乱に西国の諸侯が江戸から急いで帰る時、細川|越中守綱利と黒田|右衛門佐光之とが同日に江戸を立った。
森鴎外 興津弥五右衛門の遺書 青空文庫
伝来の年が西暦一五四九年、島原の乱が同じく一六三七年であるから此間九十年近い歳月がある。
菊池寛 島原の乱 青空文庫
それら一団というのは、天草の残党、すなわち知恵|伊豆の出馬によって曲がりなりにも静まった島原の乱のあの残党たちでした。
南蛮幽霊 右門捕物帖 青空文庫
「ええと貴殿におかれては島原の乱のそのみぎり、原の城にこもられたと申すこと。
国枝史郎 剣侠受難 青空文庫
その弟の主水重昌は、慶長十九年大阪冬の陣の和が媾ぜられた時に、判元見届の重任を辱くしたのを始めとして、寛永十四年島原の乱に際しては西国の軍に将として、将軍家|御名代の旗を、天草征伐の陣中に飜した。
芥川龍之介 忠義 青空文庫
右衛門作、氏は山田、肥前の人で、島原の乱に反徒に党して城中に在ったが、悔悟して内応を謀り、事|覚われて獄中に囚われていたが、乱|平ぎたる後ち、伊豆守はこれを赦して江戸に連れ帰り、吉利支丹の目明しとしてこれを用いた。
穂積陳重 法窓夜話 青空文庫
また島原の乱にも、小西の遺臣を始め九州の浪人が多くこれに加わったので、竟に幕府をして大兵を動かさしめるようになった。
穂積陳重 法窓夜話 青空文庫
大阪両度の陣、島原の乱、共に浪士の乱ともいうべきものであったから、幕府は浪人の取締を厳重にする必要を認め、特に島原の乱の起った寛永十四年から五人組制度を整備し、比隣検察の法を励行したことは、我輩の「五人組制度」中に論じて置いたところである。
穂積陳重 法窓夜話 青空文庫
作例 · 標準
厳しい年貢の取り立てと弾圧に耐えかねた農民たちが、島原の乱を引き起こした。
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天草四郎を総大将とした島原の乱は、幕府軍を大いに苦しめた史上最大の百姓一揆だ。
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原城跡を訪れると、島原の乱で散った人々の哀しい歴史が今も静かに刻まれている。
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ウィキペディア

島原の乱(しまばらのらん)は、1637年(寛永14年)から1638年(寛永15年)まで、島原・天草地域で引き起こされた、百姓やキリスト教徒を主体とする江戸幕府への大規模な武力闘争事件である。島原・天草一揆(しまばら・あまくさいっき)、島原・天草の乱(しまばら・あまくさのらん)、とも呼ばれる。

出典: 島原の乱 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0