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景徳

けいとく
名詞
1
標準
文例 · 用例
これはおれが開くべきものだ」 遂にその匣の蓋をひらくと、たちまちにひと筋の火箭が飛び出して、むこう側の景徳廟の正殿の柱に立った。
子不語 中国怪奇小説集 青空文庫
支那の景徳鎭は昔から日本に喧傳された支那陶磁の本山であるがこの景徳鎭で政府が管理して燒いた時代、即ち官窯であつた。
小野賢一郎 やきもの讀本 青空文庫
この景徳鎭に關する文献が支那の燒物を研究する基礎となる。
小野賢一郎 やきもの讀本 青空文庫
そして主としてそれが焼かれた処は景徳鎮、それも帝室の御器窯を中心にしてであつた。
北大路魯山人 「明の古染付」観 青空文庫
十二年間も留まっていたこの江西省饒州府の浮梁(現在の景徳鎮)を立って。
第一分冊 新書太閤記 青空文庫
長年、日本から景徳鎮へ陶業の留学に渡っていた伊勢松坂の人で――祥瑞五郎大夫とのあいだに生した子が於福なのである。
第一分冊 新書太閤記 青空文庫
――十数年の長いあいだ、陶器の技術を習ぼうため、明の景徳鎮に渡り、かの地にとどまるうち、異国の一女を妻として子まで生ました。
第六分冊 新書太閤記 青空文庫
十年以上も、大明の景徳鎮にいて、支那の陶磁の製法を習んでいた人に下僕として仕えていたというこの家の主の見聞談はまた、どんなに尾張あたりの田舎しか知らない奉公人たちにとっては、驚異であったものかしれない。
第六分冊 新書太閤記 青空文庫
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景徳(けいとく)は、宋の真宗趙恒の治世に行われた2番目の年号。1004年 - 1007年。

出典: 景徳 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0