羲和
羲和
名詞
標準
文例 · 用例
例へば、儒家は司徒の官に出づ、道家は史官に出づとあり、その外、陰陽家は羲和の官(天文の官)に出で、法家は理官(裁判官)に出で、名家は禮官(禮儀を司る。
— 内藤湖南 『支那目録學』 青空文庫
結局李軌の考では、此二章は意味聯屬したもので、古昔が南正重に天を司らせ、北正黎に地を司らしたが、後堯の時に至り羲和の官が出來て、天地を分掌することゝなつた。
— 狩野直喜 『楊雄と法言』 青空文庫
王莽が其眞似をして又た羲和の官を立てた。
— 狩野直喜 『楊雄と法言』 青空文庫
文中に「今何僚也」即ち南正重北正黎を今の官にあてたら、何の官に當るかと疑問をかけて、羲和を引出して居るが、此文では其羲和が堯の羲和の事やら、王莽の義和の事やら明白に分らぬやに見ゆるが、「今」の字を味へば、楊雄の時代、即ち王莽が置いた官であることは、推測さるゝのである。
— 狩野直喜 『楊雄と法言』 青空文庫
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羲和 は、中国神話に登場する太陽にまつわる神である。或いは、伝説上の官吏ともいわれる。神としての羲和は、太陽の御者、若しくは太陽の母とみなされる。官吏としての羲和は、羲氏と和氏の4人に分けられて四方に配され、天文を司ったとされる。
出典: 羲和 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0