蓴菜
じゅんさい
名詞
標準
文例 · 用例
蒸されるような暑苦しい谷間の坂道の空気の中へ、ちょうど味噌汁の中に入れた蓴菜のように、寒天の中に入れた小豆粒のように、冷たい空気の大小の粒が交じって、それが適当な速度でわれわれの皮膚を撫でて通るときにわれわれは正真正銘の涼しさを感じるらしい。
— 寺田寅彦 『さまよえるユダヤ人の手記より』 青空文庫
去年の正月ある人に呼ばれて東京一流の料亭で御馳走になったときに味わった雑煮は粟餅に松露や蓴菜や青菜や色々のものを添えた白味噌仕立てのものであったが、これは生れてから以来食った雑煮のうちでおそらく一番上等で美味な雑煮であったろうと思われる。
— 寺田寅彦 『新年雑俎』 青空文庫
濡れた肩を絞って、雫の垂るのが、蓴菜に似た血のかたまりの、いまも流るるようである。
— 泉鏡花 『貝の穴に河童の居る事』 青空文庫
蓴菜が搦んだようにみえたが、上へ引く雫とともに、つるつると辷って、もう何にもなかった。
— 泉鏡花 『海の使者』 青空文庫
沼越しに躑躅の丘山が見渡せる料亭の二階で、この沼で漁れるという鮒、うなぎ、蓴菜が主品の昼の膳に向っていますと、どこからか鄙びた三味線が聞えて来ます。
— 岡本かの子 『生々流転』 青空文庫
葡萄色に藍がかつて、づる/\と蔓に成つて、葉は蓮の葉に肖如で、古沼に化けもしさうな大な蓴菜の形である。
— 泉鏡太郎 『みつ柏』 青空文庫
水藻、ヒヤシンスの根、海には薔薇のり、風味あやしき蓴菜は濁りに濁りし沼に咲く、なまじ清水に魚も住まず。
— 北原白秋 『観相の秋』 青空文庫
然し汝が一日家に居ないと家中の者は皆陰気な蓴菜のそばからふいと温かな麝香猫でも居なくなつたかのやうに何時も妙に滅入つて了ふのが眼に見える。
— 北原白秋 『桐の花』 青空文庫