幼主
ようしゅ
名詞
標準
文例 · 用例
太祖顧みて殷に語りたまわく、汝老成忠信、幼主を託すべしと。
— 幸田露伴 『運命』 青空文庫
家老たちは、今までにその幼主の意志を絶対のものにする癖がついていた。
— 菊池寛 『忠直卿行状記』 青空文庫
馬籠の宿ではその日より十日ほど前に、彦根藩の幼主が江戸出府を送ったばかりの時であった。
— 第一部上 『夜明け前』 青空文庫
その隙を見て心を幕府に寄せる重臣らが幼主元千代を擁し、江戸に走り、幕軍に投じて事をあげようとするなどの風評がしきりに行なわれた。
— 第二部上 『夜明け前』 青空文庫
幼主元千代がそれらの首級をたずさえ、尾張藩の態度を朝野に明らかにするために上洛したのは、その年の正月もまだ早いころのことである。
— 第二部上 『夜明け前』 青空文庫
」「が、田沼様は積極主義の、大政治家にござります」「彼奴は内々当将軍家を、廃人にするか死者にして、幼主を押し立て我意を揮わん野心……」「あたかもあなた様が越中守様を、田沼様に代えてご老中とし、政治の実権握らんものと、野心おさおさ怠りなきがよう……」「黙れ!
— 国枝史郎 『血煙天明陣』 青空文庫
すなわち将軍家をなきものにし、己の自由になる幼主を立て、我意を振るわんそのためでござる」「それに致しましてもかかる逆臣を、誅伐いたそうと心掛くる人、一人もないとは歯痒き限り!
— 国枝史郎 『血煙天明陣』 青空文庫
この後約一年半を經て、至元十六年(西暦一二七九)の二月に、張世傑を頭目とせる宋軍は、幼主祥興帝と共に崖山で覆滅して、宋祀は全く絶え、元が天下を統一することとなつた。
— 桑原隲藏 『蒲壽庚の事蹟』 青空文庫
ウィキペディア曖昧さ回避
幼主(ようしゅ)は、年少の君主のことであるが、中国史において以下の皇帝を指す。 北魏の幼主(元釗、在位:528年) 北斉の幼主(高恒、在位:577年) 南宋の幼主(趙昺、在位:1278年 - 1279年) - 他に衛王、祥興帝、少帝とも呼ばれる。
関連項目
出典: 幼主 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0