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易簀

えきさく
名詞
1
標準
the death of a scholar
文例 · 用例
ツイ昨年|易簀した洋画界の羅馬法王たる黒田清輝や好事の聞え高い前の暹羅公使の松方正作の如きもまた早くから椿岳を蒐集していた。
――過渡期の文化が産出した画界のハイブリッド―― 淡島椿岳 青空文庫
六十三という条、実はマダ還暦で、永眠する数日前までも頭脳は明晰で、息の通う間は一行でも余計に書残したいというほど元気|旺勃としていた精力家の易簀は希望に輝く青年の死を哀むと同様な限りない恨事である。
内田魯庵 鴎外博士の追憶 青空文庫
前にもいった通り、その頃の『読売新聞』の投書欄は当時の名士の論戦場であって、昨年の春|易簀した杉浦天台道士もまた寄書家の一人であったが、或時何かの問題で天台道士と漣と論戦した事があった。
――尾崎紅葉―― 硯友社の勃興と道程 青空文庫
(大杉と別れた後の堀保子は大杉は必ず再び自分の懐ろに戻ってくるものと固く確信して孤独の清い生涯を守っていたが、大杉が果敢なくなった後はその希望も絶えて、同棲時代からの宿痾が俄に重って、去年の春|終に大杉の跡を追って易簀した。
内田魯庵 最後の大杉 青空文庫
その時代の沼南の消息は易簀当時多くの新聞に伝えられた。
内田魯庵 三十年前の島田沼南 青空文庫
亡朝の遺臣として声利を謝し聞達を求めず、『天王寺大懺悔』一冊を残した外には何の足跡をも残さないで、韜晦して終に天涯の一覊客として興津の逆旅に易簀したが、容易に匹を求められない一代の高士であった。
内田魯庵 美妙斎美妙 青空文庫
その時代、一番親しくしたは二葉亭の易簀当時|暹羅公使をしていた西源四郎と陸軍大尉で早世した永見松太郎の二人であった。
内田魯庵 二葉亭四迷の一生 青空文庫
古川は今から十四、五年前に不遇の中に易簀してしまったが、今でもなお健在であるはずの市川文吉と聯んで露語学界の二大先輩であった。
内田魯庵 二葉亭四迷の一生 青空文庫
作例 · 標準
長年、東洋哲学の研究に没頭していた老教授の易簀は、学会に大きな喪失感をもたらした。
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彼の易簀に際し、多くの弟子たちがその功績を偲び、最後の別れを告げに集まった。
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その文豪が易簀したのは、彼が最も愛した書斎の椅子の上だったという。
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