群参
ぐんさん
名詞
標準
文例 · 用例
十日、庚戌、将軍家御疱瘡、頗る心神を悩ましめ給ふ、之に依つて近国の御家人等群参す。
— 太宰治 『右大臣実朝』 青空文庫
三日、辛未、天晴、風静なり、今日申剋、御所の上棟なり、相州以下諸人群参す。
— 太宰治 『右大臣実朝』 青空文庫
廿五日、庚辰、幕府に於て、俄かに仏事を行はしめ給ふ、導師は行勇律師と云々、是将軍家去夜御夢想有り、義盛已下の亡卒御前に群参すと云々。
— 太宰治 『右大臣実朝』 青空文庫
越えて翌月の五日に城攻めに加わった諸侯が、京の二条城に群参した時に、家康は忠直卿の手を取りながら、「御身が父、秀康世にありしほどは、よく我に忠孝を尽くしてくれたるわ、汝はまたこのたび諸軍に優れし軍忠を現したること、満足の至りじゃ。
— 菊池寛 『忠直卿行状記』 青空文庫
はじめて都へ来た時に供養をのべんとして群参の者その夜のうちに一千人あったとのことである。
— 中里介山 『法然行伝』 青空文庫
もし、山の神が雨を授け下さると信ずれば、迷信なるべきも、今日の学説にては、多人数群参して高山をかけまわるときは、気象に変化を起こし、降雨を招くに至るべき道理であるという。
— 井上円了 『迷信と宗教』 青空文庫
村内四、五の会堂、いずれも群参せざるはなし。
— 井上円了 『西航日録』 青空文庫
ことに群参の軍士鎌倉に数日を費しては、還って諸人の煩となる、速かに発向然るべしという理由をもって、叡旨に反してついに七月十九日、頼朝自身出征の途に上ったのであった。
— 喜田貞吉 『奥州における御館藤原氏』 青空文庫