教士
きょうし
名詞
標準
文例 · 用例
(26)〔d'Orle'ans〕 の著書は西暦千六百八十八年の出版で、時代はやや後れて居るけれども、その記事は當時支那在住の耶蘇教士、殊に Adam Schall 即ち湯若望の報告に本いたもので、頗る信用すべきものである。
— 桑原隲藏 『支那人辮髮の歴史』 青空文庫
一體歐洲人にて當時支那の文學等を研究するものは申迄もなく、支那で宣教をなしつゝあつた教士連で、彼等が支那の語言を解し、又支那從來の道徳宗教に關する思想を知ることは職務上極めて必要であつたからである。
— 狩野直喜 『續狗尾録』 青空文庫
かくて彼は歐洲に留まること六年、其使命を果たし數多の少壯傳教士を伴なつて支那へ還つたが、彼は其滯歐中歐洲各地に支那學の種子を撒き散らし、それが後世に至つて、立派な果實を結ぶ樣になつた(一)。
— 狩野直喜 『續狗尾録』 青空文庫
予輩は今此處で、此の如く傳教士の中に支那の歴史文學言語などを研究し、歐洲へ還つて親しくこれを彼地の人士へ紹介した人達の姓名を一一臚列しない。
— 狩野直喜 『續狗尾録』 青空文庫
但序に一言したいのは、凡べてゼシュイット派に限らず、支那に於ける傳教士が歐洲に還るとき、往々支那の教民を連れて往つた事で、此れがまた歐洲に於ける支那學の成立について、影響を有つて居る。
— 狩野直喜 『續狗尾録』 青空文庫
抑々この支那人が巴里へ來たときは、恰も傳教士等の支那に關する著述や報告により、支那に關する興味が非常に高まつて居た折で、本物の支那人が來たといふので、興化府出の田舍漢は巴里人から非道く珍重された。
— 狩野直喜 『續狗尾録』 青空文庫
先づ王立圖書館に支那在住の傳教士から送つて來た許多の漢籍が、館員に支那文字を解するものがない爲め、其儘になつて居たものを、この支那人に囑託して整理して貰つた。
— 狩野直喜 『續狗尾録』 青空文庫
又讀書力に於いても同じ歐洲人ながら支那在住の傳教士には及ばぬ。
— 狩野直喜 『續狗尾録』 青空文庫