石瀬
いわせ
名詞
標準
文例 · 用例
二 去年三月主君|浅野内匠頭、殿中にて高家の筆頭|吉良上野介を刃傷に及ばれ、即日芝の田村邸において御切腹、同時に鉄砲洲の邸はお召し上げとなるまで、毛利小平太は二十石五人|扶持を頂戴して、これも同志の一人大石瀬左衛門の下に大納戸係を勤めていた。
— 森田草平 『四十八人目』 青空文庫
そこで同志の心を安んずるために、まず伜の主税に老巧間瀬久太夫を介添えとして、大石瀬左衛門、茅野和助、小野寺幸右衛門なぞとともに、自分に先立って下向させることにした。
— 森田草平 『四十八人目』 青空文庫
景行紀ニ又、「天皇將向京、以巡狩筑紫國、始到夷守、是時於石瀬河邊、人衆聚集、於是天皇遙望之、詔左右曰、其集者何人也、若賊乎、乃遣兄夷守弟夷守二人令覩、乃弟夷守還來而諮之曰、諸縣君泉媛、依献大御食而其族會之」夷守ハ、今ノ日向國西諸縣郡小林郷ナリ。
— 白鳥庫吉 『倭女王卑彌呼考』 青空文庫
表方では今し方、第二の急使として原惣右衛門、大石瀬左衛門の二名を、赤穂へ立たせて、自分の立ち退く支度をしているが、すでに、自身の離散を急いだ者もあるらしく、常よりは人数もぐっと減って、開け通した屋敷の中には、川風が、往来のように吹きぬけてゆく。
— 吉川英治 『新編忠臣蔵』 青空文庫
斃されたその男は、平常、信心家であったとみえ、断末魔のひと声、『なむあみだ仏……』 と、唱えたという事が、後日、大石瀬左衛門の口から、当夜の思い出ばなしのうちに語られている。
— 吉川英治 『新編忠臣蔵』 青空文庫
でもやはり、心がかりになって、夜になってから、そっと見舞うと、もう上之間も下之間も、大半の人はすやすや寝入っていたが、大石瀬左衛門、近松勘六、富森助右衛門などはまだ起きていて、伝右衛門の姿を見かけると、『オオ、よいところへ。
— 吉川英治 『新編忠臣蔵』 青空文庫
そして、その陰へ、助右衛門と勘六の二人が隠れて、隆達節を真似て吹くと、大石瀬左衛門は、真面目くさった顔をして、堺町の歌舞伎踊りを踊ってみせた。
— 吉川英治 『新編忠臣蔵』 青空文庫
ゆうべおどけて踊った大石瀬左衛門の名も。
— 吉川英治 『新編忠臣蔵』 青空文庫