神護景雲
じんごけいうん
名詞
標準
Jingo-keiun era (767.8.16-770.10.1)
文例 · 用例
神護景雲から延暦にわたつての事で、弘法大師よりは少し前の人である。
— 幸田露伴 『華嚴瀧』 青空文庫
また、木綿説を唱える人は、神護景雲三年の続日本紀の記事は木綿で、恐らく支那との貿易によったもので、支那との貿易はそれ以前から行われていただろうというのである。
— 斎藤茂吉 『万葉秀歌』 青空文庫
奈良朝の記録には、神護景雲元年八月乙酉、參河國に慶雲が現れたので、西宮寢殿に、僧六百人を招いて齋を設けた。
— まれびとの意義 『國文學の發生(第三稿)』 青空文庫
この外続日本紀神護景雲元年三月には、近衛将曹従六位下勲六等|間人直足人という名も見えて、直姓の家もあった。
— 喜田貞吉 『間人考』 青空文庫
奈良朝の頃|神護景雲三年に、浮宕の百姓二千五百余人を陸奥国伊治城に置くとか、平安朝の初め延暦二十一年に、駿河・甲斐以東諸国の浪人四千余人を、陸奥国胆沢城に配置すなどいうことが、しばしば古書に見えています。
— 喜田貞吉 『特殊部落の成立沿革を略叙してその解放に及ぶ』 青空文庫
仏教関係の事を多く書いた「霊異記」という古い書物がありますが、それには奈良朝神護景雲三年に、その頃は越前、後には加賀になった加賀郡に、浮浪の長某というものがあって、そのあたりの浮浪人から運上を取り、勝手に部下のものを駆い使っていた話があります。
— 喜田貞吉 『特殊部落の成立沿革を略叙してその解放に及ぶ』 青空文庫
同書に、神護景雲三年に京の或る優婆塞が、修行して加賀に托鉢していたところが、その処の浮浪の長たるものが、調を責めてこれを凌轢したが為に、現報を得て横死したという話がある。
— 喜田貞吉 『賤民概説』 青空文庫
それでも崇仏の功徳は著しいもので、此の沙弥の書写した法華経は、神護景雲三年の火事にあつても、猛火中にあつて焼けなかつた。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
作例 · 標準
「神護景雲」年間には、都が平城京から長岡京へ遷都されました。
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「神護景雲」という元号は、国の安定と繁栄を願う意味が込められていたと言われています。
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この寺院は、「神護景雲」の時代に創建されたと伝えられています。
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