親ソ
しんそ
名詞
標準
文例 · 用例
目許は彼の父親ソックリで地腫れがしていたが、これはわたしも知っている。
— 魯迅 『故郷』 青空文庫
40年代になると親ソヴエトであるとして政府関係からも好ましからざる人物とみなされるようになり47年にスイスに帰国することになった。
— 伝記による医学史 『偉大な医師たち』 青空文庫
彼は全国民のための健康保険制度をアメリカに導入することを自分の任務と考えて熱心に運動を行ったが医師会などから強い反対を受けるようになり、40年代になると親ソヴエトであるとして政府関係から好ましからざる人物とみなされるようになり、47年にスイスに帰国しなければならなくなった。
— Civilization And Disease (1943) 『文明と病気』 青空文庫
「自分は親ソ派悪魔であり、」と毛沢東の姿をしたものが答えた「これらは共産主義者の歓待の心を物質化したものです。
— C. スミス C. Smith 『西洋科学は素晴らしい』 青空文庫
インテリゲンチャの間で有力なナショナリズムの形とくれば、いうまでもなく共産主義である――私はこの単語を極めて緩い意味合いで使っており、共産党員だけではなく、その「シンパ」や親ソ派一般を含む。
— ジョージ・オーウェル George Orwell 『ナショナリズムについての覚書』 青空文庫
実際、大多数の親ソ派英国人は一九三三年のウクライナ大飢饉――何百万もの死者が出た――のような大きな出来事を見逃している。
— ジョージ・オーウェル George Orwell 『ナショナリズムについての覚書』 青空文庫
これら三つの運動に共通して、構成員は親ソを標榜し続ける一方で戦争に反対してきたのであり、同時に親ソであり親ナチであるという頭のいかれた少数派もいる。
— ジョージ・オーウェル George Orwell 『ナショナリズムについての覚書』 青空文庫
[3] 一般紙に登場する軍事評論家は大きく親ソ派ないし反ソ派、あるいは進歩派ないし反動派に分類される。
— ジョージ・オーウェル George Orwell 『ナショナリズムについての覚書』 青空文庫