済哲
せいあきら
名詞
標準
文例 · 用例
そしてやはり大正六年の暮にはリッケルトの弟子であった左右田喜一郎先生の名著『経済哲学の諸問題』が出ている。
— 三木清 『読書遍歴』 青空文庫
2 非常時の経済哲学 ――高木教授著『生の経済哲学』―― 経済哲学と云えば誰でもまず故左右田博士を思い出す。
— 戸坂潤 『読書法』 青空文庫
で、この経済哲学は独創的で強健な首尾一貫性を有つにも拘らず、実際の歴史社会の経済機構とは殆んど無縁でさえあったと云わねばならぬ。
— 戸坂潤 『読書法』 青空文庫
左右田博士自身の経済哲学の核心に相当する部分は断片的に止まっていたが、仮に左右田経済哲学を体系化しても、今述べた点は殆んど変る処はないだろう。
— 戸坂潤 『読書法』 青空文庫
東京商大の杉村助教授の細密な思索によっても、左右田経済哲学は依然として左右田経済哲学に外ならない。
— 戸坂潤 『読書法』 青空文庫
その意味に於て之は「生活」「生」に立脚した経済哲学ではないと云って好いだろう。
— 戸坂潤 『読書法』 青空文庫
京大の石川興二博士はすでに、ディルタイの方法に倣って「精神科学」としての経済学を書いたが、之は明らかに一種の「生の経済哲学」である。
— 戸坂潤 『読書法』 青空文庫
法政大学教授高木友三郎氏の学位論文「生の経済哲学」は、今云った二つの経済哲学とその立場を夫々異にした注目すべき著述である。
— 戸坂潤 『読書法』 青空文庫