法橋
ほっきょう
名詞
標準
文例 · 用例
廿二日、丙午、御持仏堂に於て、聖徳太子の御影を供養せらる、真智房法橋隆宣導師たり、此事日来の御願と云々。
— 太宰治 『右大臣実朝』 青空文庫
法橋紹巴は当時の連歌の大宗匠であった。
— 幸田露伴 『魔法修行者』 青空文庫
法橋探水齋と云ふ落款がある畫で、達摩が小舟に乘つて支那へ渡つて來たのを表する蘆葉達摩だが、子供ながらその時のことをおぼえてゐて、今では、その顏を父の顏に聯想するやうになつてゐた。
— 發展 『泡鳴五部作』 青空文庫
「上卿日野中納言、万延二年二月三日宣旨、磐安、宜叙法橋、奉蔵人右中辨兼左衛門権佐藤原豊房。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
」「上卿日野中納言、万延二年二月三日宣旨、法橋磐安、宜叙法眼、奉蔵人右中辨兼左衛門権佐藤原豊房。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
」按ずるに初叙の法眼は例が無いので、先づ法橋に叙し、同日に又法眼に叙せられたのであらう。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
「法眼紹巴、同玄仍、同玄陳、同玄俊、玄心、紹尹、玄立、玄立、法橋玄川寛政六年六月二十日法橋」である。
— 森鴎外 『壽阿彌の手紙』 青空文庫
お相伴には、玄以法印、法橋紹巴をめされける」 これも将しく其の通りであった。
— 国枝史郎 『五右衛門と新左』 青空文庫