赤糸
あかいと
名詞
標準
文例 · 用例
戦地の寒空の塹壕の中で生きる死ぬるの瀬戸際に立つ人にとっては、たった一片の布片とは云え、一針一針の赤糸に籠められた心尽しの身に沁みない日本人はまず少ないであろう。
— 寺田寅彦 『千人針』 青空文庫
黒地に赤糸の麻の葉を總模樣にしたその半襟をかけた自分の白い襟元と、着物の配合とが忽ちにして消えた。
— 水野仙子 『神樂阪の半襟』 青空文庫
みなさん、この進歩した武器で、飛行機の上から毒ガスを撒き、バク弾を下す戦いで、チョビ、チョビ赤糸でとめた白木綿が何の役に立ちましょう。
— 宮本百合子 『「モダン猿蟹合戦」』 青空文庫
その時、わずかに綻んだ唇の間から真赤な残り血が、すっと赤糸を垂らしたように流れ落ちて、クルッと鋭った顎の下にかくれた。
— ――肺病の唄―― 『※の囁き』 青空文庫
と思うとそのところどころには、青糸毛だの、赤糸毛だの、あるいはまた栴檀庇だのの数寄を凝らした牛車が、のっしりとあたりの人波を抑えて、屋形に打った金銀の金具を折からうららかな春の日ざしに、眩ゆくきらめかせて居りました。
— 芥川龍之介 『竜』 青空文庫
…… すると四条坊門の辻を、南へやる赤糸毛の女車が、静かに太郎の行く手を通りすぎる。
— 芥川龍之介 『偸盗』 青空文庫
視線の先は駅の入口で、そこには乳呑子を背負った二人の中年のおかみさんが、必死の面持で通行人をつかまえては、鬱金木綿に赤糸で千人針をたのんでいるのであった。
— 宮本百合子 『築地河岸』 青空文庫
赤坊を背負ったおかみさんは、気のたかぶっている眼の端に道子の来かかる姿をとらえると、自分の手を持ちそえて一人の若い女に縫って貰っている最中だのに、「あ、ちょっとすみませんが願います」と気ぜわしく呼びとめ、前のひとが赤糸の丸をしごく間ももどかしそうに、「おねがいします」と二足ばかり小走りによった。
— 宮本百合子 『築地河岸』 青空文庫