明暦
めいれき
名詞
標準
Meireki era (1655.4.13-1658.7.23)
文例 · 用例
明暦三年より明治十四年までの間に大火九十三度ありて、中二十二三度のほかは、雲南の方へ走り、若くは南東南東西の方へ走りたる時なり。
— 幸田露伴 『雲のいろ/\』 青空文庫
関東震災に踵を次いで起こった大正十二年九月一日から三日にわたる大火災は明暦の大火に肩を比べるものであった。
— 寺田寅彦 『函館の大火について』 青空文庫
明暦三年の振袖火事では、毎日のように吹き続く北西気候風に乗じて江戸の大部分を焼き払うにはいかにすべきかを慎重に考究した結果ででもあるように本郷、小石川、麹町の三か所に相次いで三度に火を発している。
— 寺田寅彦 『函館の大火について』 青空文庫
明暦大火の場合はかなりの烈風でおそらく十メートル以上の秒速であったと思われる根拠があるが、その時のこの頂角がだいたいにおいて、今度の函館の火元から焼失区域の外郭に接して引いた二つの直線のなす角に等しい。
— 寺田寅彦 『函館の大火について』 青空文庫
江戸の火事のことを言うと、その以前寛永十八年正月にも大火があり、明暦三年正月十八、十九の両日にも大火があった。
— 田中貢太郎 『日本天変地異記』 青空文庫
わけて明暦の大火は江戸未曽有の大火であったから、市民は由比丸橋の残当の放火であろうと言って恐れ戦いた。
— 田中貢太郎 『日本天変地異記』 青空文庫
その明暦の大火は俗に振袖火事という名があって、奇怪な因縁話がまつわっている。
— 田中貢太郎 『日本天変地異記』 青空文庫
文禄二年(明暦で云えば万暦二十一年)の正月元日、この三脇の大軍は安州城南に布陣した。
— 菊池寛 『碧蹄館の戦』 青空文庫
作例 · 標準
明暦の大火は、江戸の街を壊滅させ、多くの焼失家屋を出した。
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明暦年間には、多くの文化人が活躍し、文学や芸術が発展した。
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この絵は、明暦の復興期に描かれたとされており、当時の都市の様子がうかがえる。
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ウィキペディア
明暦(めいれき、 は、日本の元号の一つ。承応の後、万治の前。1655年から1658年までの期間を指す。この時代の天皇は後西天皇。江戸幕府将軍は徳川家綱。
出典: 明暦 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0