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巡察使

じゅんさつし
名詞
1
標準
文例 · 用例
ところが二年後、教会支部長ワリニャーニが巡察使として来朝のとき、本当に黒ん坊を連れて来た。
――ヨワン・シローテの殉教―― イノチガケ 青空文庫
一六三三年、ゼスス会の巡察使ビエイラはじめ十一名潜入。
――ヨワン・シローテの殉教―― イノチガケ 青空文庫
巡察使ルビノは日本潜入を天父の使命と確信、計画遂行に心を砕き、マニラ総督の援助を受けて、同志を二隊に分け、自分は第一隊を指揮して潜入。
――ヨワン・シローテの殉教―― イノチガケ 青空文庫
一五七七年九月にオルガンチノが当時インドにいた巡察使ワリニャーニに宛てて書いた報告によると、この年の四旬節の初日以来彼は七千人以上に洗礼を授けた。
日本の悲劇 鎖国 青空文庫
四 巡察使ワリニャーニの渡来 荒木村重の謀叛と安土宗論とのほかに、もう一つ一五七九年における大事件は、巡察使アレッサンドロ・ワリニャーニの渡来であった。
日本の悲劇 鎖国 青空文庫
巡察使ワリニャーニが来れば、セミナリヨの建築をも始める筈であった。
日本の悲劇 鎖国 青空文庫
六 ワリニャーニの京畿地方巡察 巡察使ワリニャーニは、一五八一年三月八日に、ルイス・フロイス、ロレンソなど、神父四人、イルマン三人を伴って臼杵を発し、三月十七日、復活祭の週の始まる前に堺に着いた。
日本の悲劇 鎖国 青空文庫
同行のフロイスは三年前から豊後にいたのであるが、ロレンソは前年の秋、巡察使の上京を促すために、京都から迎えに行ったのであろう。
日本の悲劇 鎖国 青空文庫
ウィキペディア曖昧さ回避

巡察使(じゅんさつし)は、中国では唐代に置かれた官名。日本では古代および明治維新直後、また明治10年代中葉に置かれた地方監察官。カロリング朝フランク王国では、地方行政官(伯)を監督する役割を果たした国王の代理人。イエズス会では宣教師の称号。 中国・唐代に置かれた官名については、巡察使 (中国)を参照。 日本の官名。 奈良時代の『養老令』で規定された令制官で、太政官に属していた。『養老令』によれば臨時官であり、必要に応じて派遣されていた。その主な職掌は地方行政の監察であり、畿内および七道に派遣され、国司の監察をおこなっていた。最初の派遣は685年(天武天皇14年)とされる。そののち795年(延暦14年)に停止。824年(天長元年)に再置されるがほぼ実態がなくなる。→ 巡察使 (古代日本) 1869年(明治2年)東北地方に設置された民政官。 明治十四年の政変後、地方政情視察のために元老院議官・参事院議官を派遣したもの。地方巡察使。 国王巡察使(ラテン語: Missus Dominicus) - 中世ヨーロッパの官職。フランク王の代理人として地方に派遣され、地方行政の査察・監督をおこなった。 巡察師 - 16世紀から17世紀にかけて、イエズス会が布教状況を査察するために各地に派遣した宣教師の称号。アレッサンドロ・ヴァリニャーノなど。

関連項目
出典: 巡察使 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0