軽太
けいふとし
名詞
標準
文例 · 用例
建部の伝誦した物と思はれるやまとたけるの命に関するものも、安曇の民の撒布したと推察せられる大国主の情詩も、皆記・紀の時代の区別に関係なく、よく訣ること、後の木梨軽太子の情詩と、さのみ時代の隔りを感じさせぬ程である。
— 折口信夫 『叙景詩の発生』 青空文庫
畢竟、軽太子の哀れな物語や、大国主の円満な恋や、仁徳天皇のねぢれた情史を謡ひ歩いて、万葉まで其形を残した性欲生活の驚異を欲した村の人々の心が、更に変態で、切実なものを要求した為に、ほかひゞとの謡ふ「物語」のくづれが、自然に変化して、創作気分の満ちたものを生み出すことになつたのである。
— 折口信夫 『相聞の発達』 青空文庫
強ひて言はゞ、好事の創作歌人が、軽太子・春日皇女等の故事に似た此情史を伝へた為、仮託したものかとも思はれる。
— 折口信夫 『相聞の発達』 青空文庫
軽部は木梨軽太子の為に、葛城部は磐媛皇后の為に、建部は倭建命の為に、春日部は春日皇后の為に立てられた名代・子代であつた。
— 唱導的方面を中心として 『国文学の発生(第四稿)』 青空文庫
やまとたけるの為に建部を、木梨軽太子の為に軽部を立てた類は、死者の執念を開いて祟らぬ様に慰めたのであらう。
— 折口信夫 『語部と叙事詩と』 青空文庫
やまとたける・木梨軽太子に関聯した叙事詩の断篇の宮廷詩及び、叙事詩から出たと信じられる伝説の多いのは、建部の民の村、軽部の民の村の新叙事詩が、諸方に撒布して、宮廷にまで入つたのではなからうか。
— 折口信夫 『語部と叙事詩と』 青空文庫
海人部曲の伝承するものとして、海丈部の「ことの語りごと」なる大国主の物語、これに関聯した「天語歌」なる雄略朝の歌々があり、又海の流離譚に縁を持つ、軽太子・軽大郎女の天田振の如きも、其らしいし、万葉・日本紀・常陸風土記に痕を止めた麻績王の海人歌(仮りに命ける)などが其だ。
— 折口信夫 『日本文学の発生』 青空文庫
允恭天皇の二皇子|軽太子と、穴穂皇子すなわち安康天皇とが戦われたとき、青銅鏃の箭を使った軽太子が敗れて、鉄鏃の箭を使った穴穂皇子が勝利を得られた。
— 喜田貞吉 『「鐵」の字の古体と古代の文化』 青空文庫