幻辞.com

名詞
1
標準
文例 · 用例
既に書いてしまったものを今更悔いても仕方がないが、一度愧の念に襲われては、何事にも無頓着なる予と雖も、さすがに躊躇するのである。
伊藤左千夫 家庭小言 青空文庫
併しあとになつて私はいつも騙された人の憤怒と愧と失望とを感ぜずには居られない。
萩原朔太郎 散文詩・詩的散文 青空文庫
芥川君の死去の報に接した時、自分はむしろ彼の前に、舌を噛んで死する恥を感じた。
萩原朔太郎 芥川龍之介の死 青空文庫
後ではまた愧するのだとも思はないでもないのだが、これが私の人に親炙したい気持の満たし方であり又、かくすることによつて私は人に懐き、人を多少とも解するのである。
中原中也 亡弟 青空文庫
ヨブの平生、天国における神とサタンとの問答、ヨブに臨みし災禍、三友人の来訪、ヨブ対三友人の長い論争、エリフの仲裁、最後にエホバ御自身の垂訓とヨブの改感謝――これにて大団円となるのである。
内村鑑三 ヨブ記講演 青空文庫
まず十四節において友の同情心の不足を責めて軽き脅迫を与え、十五節―二十節においては友を沙漠の渓川に譬えて、生命を潤おす水を得んとてそこに到る隊客旅(Caravan)を失望|愧せしむるものであるとなしておる。
内村鑑三 ヨブ記講演 青空文庫
もはや、肉体の為では無くて、自分の愧、焦躁を消す為に、医者に求めるようになっていたのである。
太宰治 東京八景 青空文庫
あの薬品の中毒をも、借銭の愧を消すために、もっともっと、と自ら強くした。
太宰治 東京八景 青空文庫
ウィキペディア

慚(ざん) は、仏教が教える善のひとつ。「他者の徳に対する恭敬」、もしくは「みずからを観察することによっておのれの過失を恥じること」。自らを顧みて恥じること。しばしば「慚愧」と熟語で用いられる。

出典: — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0