率意
そつい
名詞
標準
文例 · 用例
此の相異の點を言表はすのは中々困難であるけれども、假りに董其昌の語を借りて言ふと、一を作意と云ふべく、一を率意と云ふべきものである。
— 内藤湖南 『北派の書論』 青空文庫
即ち舊來の書法は作意の書法にして、さうして明中葉以後の書法は率意の書法であると云ふことが出來る。
— 内藤湖南 『北派の書論』 青空文庫
作意の書法は熟を貴ぶ、率意の書法は生を貴ぶ。
— 内藤湖南 『北派の書論』 青空文庫
董其昌も自ら其の書を評して、自分の書と趙子昂のと比べると云ふと、各長短がある、趙の書は熟するによつて秀色を得て居る、趙の書は作意せざることなく、我書は往々率意ありと云つて居る。
— 内藤湖南 『北派の書論』 青空文庫
即ち日本などで酷く評判される張瑞圖などは、矢張り率意書風の最も甚だしいものであつて、殆ど一己の癖ばかりで書いて居るが、董其昌などはさうでなくして、頗る作意の書法にも長じて居る。
— 内藤湖南 『北派の書論』 青空文庫
併し時々率意の筆法を用ひる、それで其の率意の處が即ち一種の妙處になるのであつて、それは董其昌の晩年の書に於て殊に著しく現れて居る。
— 内藤湖南 『北派の書論』 青空文庫
此の傾は清朝になつて益盛になつて來て、清初の人は矢張り董其昌と同じやうに全く作意の書法を捨てゝ居らぬけれども、其中には餘程率意の勝つて居る人がある。
— 内藤湖南 『北派の書論』 青空文庫
即ち王鐸などのやうなものは率意の勝つた人であつて、又作意の書を主として其の間に微かに率意の影を認めるのは傅山などの如きものである。
— 内藤湖南 『北派の書論』 青空文庫