大逆事件
だいぎゃくじけん異読 たいぎゃくじけん
名詞
標準
High Treason Incident (socialist-anarchist plot to assassinate Emperor Meiji in 1910)
文例 · 用例
そして明治四三年九月、わたしが出獄した時にはすでにいわゆる大逆事件が起こっていた。
— 堺利彦 『赤旗事件の回顧』 青空文庫
その次に起ったのが例の大逆事件だ。
— 大杉栄 『日本脱出記』 青空文庫
危く大逆事件に引込まれようとする 一カ年の刑期のものはとうに出た。
— 大杉栄 『獄中記』 青空文庫
そして検事局へ呼び出されて、こんどは本式に、いわゆる大逆事件との関係を取調べられた。
— 大杉栄 『獄中記』 青空文庫
みんなで僕等を大逆事件の共犯者扱いするのだ。
— 大杉栄 『獄中記』 青空文庫
その間に僕は大逆事件の被告等のほとんどみんなを見た。
— 大杉栄 『獄中記』 青空文庫
その後大逆事件の仲間の中にも二、三獄死した。
— 大杉栄 『続獄中記』 青空文庫
当時大逆事件と呼ばれたテロリストのまったく小規模な天皇制への反抗があらわれ、幸徳秋水などが死刑に処せられた。
— 宮本百合子 『現代の主題』 青空文庫
作例 · 標準
幸徳秋水らが死刑となった大逆事件は、当時の社会主義運動に壊滅的な打撃を与えた。
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文学の世界でも、石川啄木は大逆事件をきっかけに「時代閉塞の現状」を打破しようと試みた。
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大逆事件後の「暗黒の時代」とも呼ばれる言論弾圧の時期、多くの知識人が口を閉ざした。
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ウィキペディア
大逆事件(たいぎゃくじけん、だいぎゃくじけん)は、1882年(明治15年)に施行された旧刑法第116条、および1908年(明治41年)に施行された現行刑法第73条(昭和22年の刑法改正の際に同条削除)が規定していた、天皇、皇后、皇太子、皇太孫、皇太后、太皇太后を狙って危害を加えたり、加えようとする罪、いわゆる大逆罪が適用され、訴追された事件の総称。日本以外でも皇帝や王に叛逆し、また謀叛を企てたことに対する犯罪を大逆罪と訳すことがある。
出典: 大逆事件 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0