延久
えんきゅう
名詞
標準
Enkyū era (1069.4.13-1074.8.23)
文例 · 用例
延久二年十月の地震は、山城、大和の両国が強く、奈良では東大寺の巨鐘が落ちた。
— 田中貢太郎 『日本天変地異記』 青空文庫
延久王、満子女王生れさせ給ふ。
— 森鴎外 『能久親王年譜』 青空文庫
後の社の鑰取りとも、奏者とも言ふべき狐を、命婦と言うたことも、神にあやかつての性的称呼と見るべきで、後三条の延久三年、雌雄両狐に命婦の名を授けられたなど言ふ話は、こじつけとは言へ、あまりに不細工な出来である。
— 折口信夫 『狐の田舎わたらひ』 青空文庫
延久代という名取名を貰っている阿久は一々節廻しを貶した。
— 永井荷風 『深川の散歩』 青空文庫
作例 · 標準
源氏物語の作者である紫式部は、延久年間にはすでに活躍していたと考えられる。
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延久の仁政(じんせい)は、当時の民衆に一時的な安堵をもたらしたと言われている。
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この寺院の創建は、延久年間よりもさらに古い時代に遡る。
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