延徳
えんとく
名詞
標準
Entoku era (1489.8.21-1492.7.19)
文例 · 用例
応仁、文明、長享、延徳を歴て、今は明応の二年十二月の初である。
— 幸田露伴 『雪たたき』 青空文庫
いや、其様な後の事を説いて納屋衆の堺に於て如何様の者であったかを云うまでも無く、此物語の時の一昨年延徳三年の事であった。
— 幸田露伴 『雪たたき』 青空文庫
翌朝はやく警察の役人と、検死が来た、そして楯井さんは、兎に角死体を丁寧に棺に納めて、延徳寺のお寺さんの来るのを待った。
— 素木しづ 『惨事のあと』 青空文庫
嫁さんは、延徳寺の熱心な檀家の一人であった、そして彼女はいつも口ぐせのように、一度は延徳寺にお詣りをしたい/\と言っていたこと等を思出した。
— 素木しづ 『惨事のあと』 青空文庫
そうして延徳寺建立の時などは、率先して大きな寄進をした。
— 素木しづ 『惨事のあと』 青空文庫
お昼すぎの二時頃延徳寺のお寺さんは来た。
— 素木しづ 『惨事のあと』 青空文庫
延徳寺までは六里もあるので、其夜お寺さんは、此の家に泊った。
— 素木しづ 『惨事のあと』 青空文庫
この謡に猩々が霊泉を酒肆の孝子に授けた由を作ってより、猩々は日本で無性に目出たがられ、桜井秀君は『蔭涼軒日録』に、延徳三年泉堺の富家へ猩々に化けて入り込み財宝を取り尽した夜盗の記事を見出された。
— 猴に関する伝説 『十二支考』 青空文庫
作例 · 標準
延徳三年に改号されたこの年、足利将軍家の権威は揺らぎ始めていた。
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「この古文書の奥付を見て。延徳の年号がはっきりと残っているわ」
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延徳年間には、北条早雲が伊豆を攻略し、戦国時代の幕開けを告げる象徴的な出来事が起きた。
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ウィキペディア
延徳(えんとく、 は、日本の元号の一つ。長享の後、明応の前。1489年から1492年までの期間を指す。この時代の天皇は後土御門天皇。室町幕府将軍は足利義材。
出典: 延徳 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0