胸前
きょうぜん
名詞
標準
文例 · 用例
ト斜に、がッくりと窪んで暗い、崕と石垣の間の、遠く明神の裏の石段に続くのが、大蜈蚣のように胸前に畝って、突当りに牙を噛合うごとき、小さな黒塀の忍び返の下に、溝から這上った蛆の、醜い汚い筋をぶるぶると震わせながら、麸を嘗めるような形が、歴然と、自分が瞳に映った時、宗吉はもはや蒼白になった。
— 泉鏡花 『売色鴨南蛮』 青空文庫
背を抱くように背後に立った按摩にも、床几に近く裾を投げて、向うに腰を掛けた女房にも、目もくれず、凝と天井を仰ぎながら、胸前にかかる湯気を忘れたように手で捌いて、「按摩だ、がその按摩が、旧はさる大名に仕えた士族の果で、聞きねえ。
— 泉鏡花 『歌行燈』 青空文庫
二十 赤城様――得三様 普門品、大悲の誓願を祈念して、下枝は気息|奄々と、無何有の里に入りつつも、刀尋段々壊と唱うる時、得三は白刃を取直し、電光|胸前に閃き来りぬ。
— 泉鏡花 『活人形』 青空文庫
と剣を揮い、胸前目懸けて突込みしが、心|急きたる手元狂いて、肩先ぐざと突通せば、きゃッと魂消る下枝の声。
— 泉鏡花 『活人形』 青空文庫
われは胸前に合掌して、神よ、詩人も亦汝の預言者なり、その聲は寺裏に法を説く僧侶より大なるべし、我に力あらせ給へ、我心の清きを護り給へと念じたり。
— IMPROVISATOREN 『即興詩人』 青空文庫
馬の胸前持って参って、駕籠につけい」「胸前?
— 千代田城へ乗り込んだ退屈男 『旗本退屈男 第十一話』 青空文庫
胸前とは戦場往来、軍馬の胸に飾る前飾りです。
— 千代田城へ乗り込んだ退屈男 『旗本退屈男 第十一話』 青空文庫
さればこそ、蓋を払うと同時に現れた胸前は、紫|縒糸、総絹飾り房の目ざましき一領でした。
— 千代田城へ乗り込んだ退屈男 『旗本退屈男 第十一話』 青空文庫