東海道五十三次
とうかいどうごじゅうさんつぎ
名詞
標準
fifty-three stations on the Tōkaidō (Edo-Kyoto highway in Edo-period Japan)
文例 · 用例
そのころは既に広重の出世作、『東海道五十三次』(保永堂板)は完成され、葛飾北斎の『富嶽三十六景』が、絵草紙屋の店頭に人目を驚かしていたのであるが、その地図にある定火消屋敷で、広重が生れ、西の丸のお膝下で、名城と名山の感化を受けていたのだと思うと、晩年に富士三十六景の集作があったのも、偶然でない。
— 小島烏水 『不尽の高根』 青空文庫
私の幼時に愛した木版の東海道五十三次道中|双六では、ここが振りだしになっていて、幾人ものやっこのそれぞれ長い槍を持ってこの橋のうえを歩いている画が、のどかにかかれてあった。
— 太宰治 『葉』 青空文庫
四月×日 東海道五十三次のうち丸子の宿はとろゝの名物と云ふことをば古い本でも見、現在でも作つてゐることを人から聞いてゐた。
— 春の二三日 『樹木とその葉』 青空文庫
昔は東海道五十三次を歩いて旅したし、プログラムだって機械なしで書いた。
— 富田倫生 『青空のリスタート』 青空文庫
で、今も申す通り、二日目の夕方に酒匂の川を渡って、小田原の御城下に着いて、松屋という旅籠屋に草鞋をぬぐと、その晩に一つの事件が出来したんです」 その頃の小田原と三島の駅は、東海道五十三次のなかでも屈指の繁昌であった。
— 山祝いの夜 『半七捕物帳』 青空文庫
ありゃなんといいましたっけね」「どこの町だよ」「日本橋の大通りにあるじゃござんせんか、東海道五十三次はあそこからというあの橋ですよ」「あきれたやつだな。
— 卒塔婆を祭った米びつ 『右門捕物帖』 青空文庫
東海道五十三次をかいた広重が今生きていたらば、こうした駅々の停車場の姿をいちいち写生して、おそらく好個の風景画を作り出すであろう。
— 岡本綺堂 『綺堂むかし語り』 青空文庫
東海道五十三次をかいた広重が今生きていたらば、こうした駅々の停車場の姿を一々写生して、おそらく好個の風景画を作り出すであろう。
— 岡本綺堂 『薬前薬後』 青空文庫
作例 · 標準
葛飾北斎も東海道五十三次を描いているが、広重の作品が有名だ。
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東海道五十三次の各宿場には、それぞれの特色があったそうです。
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小学校の遠足で、東海道五十三次の一つである箱根の関所跡を見学した。
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ウィキペディア
東海道五十三次 は、江戸時代に整備された五街道の一つ、東海道にある53の宿場を指す。古来、道中には風光明媚な場所や有名な名所旧跡が多く、浮世絵や和歌・俳句の題材にもしばしば取り上げられた。