南鮮
なんせん
名詞
標準
South Korea
文例 · 用例
傍に南鮮から引き上げて来たばかりの三人の婦人が語っている哀れな話も、紅葉の色に照り映って哀音には響かず、汽車は混雑しながらいよいよ錦繍の美に映えてすすむ。
— ――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師) 『夜の靴』 青空文庫
南鮮沿海の到る処が処女漁場で取巻かれているじゃないか。
— 夢野久作 『爆弾太平記』 青空文庫
殉職した警官や、藻屑になった漁民が何人あるかわからない……といった状態で、アレヨアレヨといううちに、対州鰤をアトカタもなくタタキ付けた連中が、今度は鋒先を転じて南鮮沿海の鯖を逐いまわし始めた。
— 夢野久作 『爆弾太平記』 青空文庫
そこで、こんな風に爆弾漁業が大仕掛になって横行し始めると、何よりも先にタマラないのは、云う迄もなく南鮮沿海五十万の普通漁民だ。
— 夢野久作 『爆弾太平記』 青空文庫
続いて東京の各省の諒解の下に、北九州、山陰、山陽の各県水産試験場、南鮮の各重要諸港で、十二|節以上の発動機船を準備してもらった奴に、武装警官を乗組ませて、ドン船と見たら容赦なく銃口を向けさせる。
— 夢野久作 『爆弾太平記』 青空文庫
一方にその頃まだ鎮海湾に居た水雷艇隊を動かしてもらって、南鮮沿海を櫛の歯で梳くように一掃してもらう事になった。
— 夢野久作 『爆弾太平記』 青空文庫
南鮮沿海に煮えくり返るような評判だった。
— 夢野久作 『爆弾太平記』 青空文庫
朝鮮名物の蠅と同様、南鮮沿海に鉄条網でも張り廻わさなければ防ぎ切れそうに見えないのだ。
— 夢野久作 『爆弾太平記』 青空文庫
作例 · 標準
歴史の授業で、戦後の朝鮮半島の状況を北鮮と南鮮という言葉で学んだ。
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古い資料を整理していたら、「南鮮からの引き揚げ者」という記録を見つけた。
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祖父は昔、南鮮の港町で仕事をしていた頃の話を懐かしそうに語ってくれた。
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ウィキペディア曖昧さ回避
南鮮(なんせん、朝鮮語: 남선) は、朝鮮半島に関して次のような意味で用いられる: 竹駕嶺地溝帯ないしは楸哥嶺地溝帯を境界として南・北鮮に区分されたもののうち南半分。 日本統治時代においては、北・西・中・南鮮に区界されたもののうち、全羅南道・全羅北道・慶尚北道・慶尚南道。 第二次世界大戦後においては、南朝鮮(大韓民国)を指す略称として使用される場合がある。戦後しばらくの間は、メディアなどで一般的に使用されていたが、現在ではあまり使用されてはいない。
関連項目
- 南鮮合同電気 (1937〜1961) — 韓国電力公社の母体の一つ。
- 南鮮経済新聞 (1946〜1950) — 毎日新聞の旧名。
- 南鮮アルミニウム (1947〜) — 1990年以前は南鮮輕金屬工業社。
- 南鮮共和国 (〜1976) — 『バトル・ロワイアル』に登場する、かつて朝鮮半島の南半分を統治した全体主義国。「40年で失敗」したとされる。
- 北鮮
- 東鮮暖流
- 西鮮中央鉄道
出典: 南鮮 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0