況
きょう
名詞
標準
文例 · 用例
況や予が生活を得るまでには猶少くも三四年は間があって、母の命八十を必し難しとすれば、予は自分の功名心や、遠い先の幸福などに望を掛けて、大きな考を起す暇がないのである、年少気鋭の時代は何人にもある、予と雖も又其の内の一人であれば、外国へ飛び出さんとの念を起せるも一二度ではなかった。
— 伊藤左千夫 『家庭小言』 青空文庫
勤勉家と云えば立派であるが当時の状況はそれほど働かねば業が成立せぬのだ。
— 伊藤左千夫 『家庭小言』 青空文庫
自分は一高の生徒でもなく、況んや貴族の息子でもない。
— 萩原朔太郎 『夏帽子』 青空文庫
)況んや小説家の中にも皆無である。
— 萩原朔太郎 『ニイチェに就いての雑感』 青空文庫
換言すれば、僕は権力主義者でもなく、英雄主義者でもなく、況んやツァラトストラの弟子でもない。
— 萩原朔太郎 『ニイチェに就いての雑感』 青空文庫
また況んや「生命がけの仕事」であつたり、「神聖なる精進の道」でもない。
— 萩原朔太郎 『青猫』 青空文庫
馬上に戰況を見てゐる將軍も、銃をそろへて突撃してゐる兵士たちも、その活動の姿勢のままで、岩に刻まれた人のやうに、永久に靜止してゐるのである。
— 萩原朔太郎 『宿命』 青空文庫
さんたくるす さんたくるす 遊樂至上のうみのうへ、岬をめぐる浪のうたかた、浪とほれば鳥禽の眼にも見えず、況んや白日の幽靈は、いと遙かなる地平にかげをけちゆくごとし。
— 萩原朔太郎 『散文詩・詩的散文』 青空文庫
ウィキペディア曖昧さ回避
況(きょう)
人物
- 王況(おう きょう) — 前漢時代末期から新代にかけての武将
- 郭況(かく きょう) — 新末後漢初の政治家
- 耿況(こう きょう) — 新代から後漢時代初期にかけての武将・政治家
- 顧況(こ きょう) — 唐の詩人
出典: 況 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0