将松
しょうまつ
名詞
標準
文例 · 用例
――会津中将松平容保が薩長の執拗な江戸追討を憤って、単身あくまでもその暴虐横暴に拮抗すべく、孤城若松に立て籠ってから丁度六日目のことだった。
— 佐々木味津三 『十万石の怪談』 青空文庫
両軍の接戦、桶狭間役 むし暑い十八日の夜が明けて、十九日の早朝、元康の部将松平|光則、同|正親、同政忠等が率いる兵が先ず丸根の砦に迫った。
— 菊池寛 『桶狭間合戦』 青空文庫
だから、光秀は十三日の早暁中央軍第二陣の大将松田太郎左衛門に二千人の兵を附して、その占領を命じた。
— 菊池寛 『山崎合戦』 青空文庫
先ず要鎮の一である韮山城は、氏政の弟、氏則が守り、山中城には城将松田康長の外に、朝倉|景澄等の腹心の諸将を派遣して居る。
— 菊池寛 『小田原陣』 青空文庫
本陣付の部将松井宗信と井伊直盛の両将は、ここの丘を距ることわずか十町ほど先の地点に屯して、主陣護衛の約束どおり千五百ばかりの兵で、きびしく固めていたはずなのである。
— 第二分冊 『新書太閤記』 青空文庫
果たして、一千の三河兵と、その部将松平勘四郎は、尾濃三万の中に伍して、どこの戦いに会しても、負れはとらなかった。
— 第三分冊 『新書太閤記』 青空文庫
それを元亀二年に武田家が収めて領としたが、ふたたび天正元年、家康の攻略するところとなって、いまは徳川家の奥平貞昌を守将に――副将松平景忠、同じく親俊など以下五百余の兵が常備に籠っていた。
— 第五分冊 『新書太閤記』 青空文庫
記念品の數々を感激の眼で眺めた後、湖畔に沿ふ長い田舍路を乘車十分ばかりで三城潟に着いた、豫想通の一寒村――そのうちにも念入の破屋の前に、「野口英世誕生家」と木標がある、湖水に面した中庭には海軍少將松平子爵の筆で同文の石碑がある、その下には遺髮が埋められてゐる。
— 土井晩翠 『野口英世博士の生家を訪ひて』 青空文庫