筵升
むしろます
名詞
標準
文例 · 用例
そのときは二代目左団次がまだ莚升といった若い頃で、高倉宮を勤めていた。
— 岡本綺堂 『明治劇談 ランプの下にて』 青空文庫
○左団次の遺子|莚升、父のあとを享けて明治座を経営する事となる。
— 岡本綺堂 『明治演劇年表』 青空文庫
○九月、明治座にて市川莚升は二代目左団次を襲名し、親譲りの丸橋忠弥を勤む。
— 岡本綺堂 『明治演劇年表』 青空文庫
」 鏡台わきの手拭かけにあった白地に市川という字が手拭一ぱいの熨斗の模様になって、莚升と書いてある市川左団次の配り手拭をとらせると、上手に姐さんかぶりにして、すっと立上ると、「おッさんの寛袍をもっといで。
— 長谷川時雨 『明治座今昔』 青空文庫
新しい劇・新しい脚本、それに新しい性根を持つた役、見て還つたばかりの明治座の胎内に、既に莚升の新運動が芽生えはじめ、其に先だつて親左団次の改革案も、発表せられようとしてゐる際であつた。
— ――中村魁車を誄す―― 『街衢の戦死者』 青空文庫
先代左団次が、彼の為に遺産を残さなかつたやうに――、小米――莚升時代では、殆芸らしいものを納得する年限がなかつた。
— 折口信夫 『雑感』 青空文庫
松莚子の家に招がれ、大彦翁莚升等と午餐を倶にす。
— 断腸亭日記巻之三大正八年歳次己未 『断腸亭日乗』 青空文庫