潜幸
せんこう
名詞
標準
文例 · 用例
北條氏の大兵が、内裏を襲はんとするを聞召され、元弘元年八月二十四日、天皇は、俄に宮中を出でさせられ、ついで二十七日笠置山に御潜幸遊ばされたが、北條氏は、足利尊氏、金沢貞冬、大佛貞直等を将とし、大兵を以て笠置を襲つた。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
ただし、このさい直接、奈良の東南院へ潜幸されたとなす説と、一夜は唐招提寺に入御して、奈良の動静をたしかめたうえ行かれたという二説がある。
— 帝獄帖 『私本太平記』 青空文庫
わけて天皇の笠置潜幸という冒険には、理も非もなく、千載一遇の騎虎をそれに逸りきッている。
— 帝獄帖 『私本太平記』 青空文庫
それと「伯耆巻」「船上記」「増鏡」「梅松論」すべてが、帝の潜幸事情を、漂流者のあてなしみたいに観て、長年もまた、勅の意外におどろき、俄に旗上げを計ったかのごとく伝えているが、この大冒険は双方共に、そんな生やさしい小芝居の沙汰ではない。
— 八荒帖 『私本太平記』 青空文庫
だから今暁はまず、少数の供奉だけで、すみやかに、かつ密かに、麓への御潜幸をとげることを主としていた。
— 湊川帖 『私本太平記』 青空文庫
やはり河内から大和へ潜幸されていたものらしい。
— 黒白帖 『私本太平記』 青空文庫