文士劇
ぶんしげき
名詞
標準
文例 · 用例
入れ違ひに文藝春秋社の文士劇の舞臺稽古をして來たといふ佐佐木茂索來訪。
— 南部修太郎 『日曜日から日曜日まで』 青空文庫
明治三十八年五月、わたしが戦地から帰った後に、各新聞社の演劇担当記者らが集まって、若葉会という文士劇を催した。
— 岡本綺堂 『綺堂むかし語り』 青空文庫
旧臘私は小山内君の自由劇場の演劇を見た、仲々上手だった、然しあれを今の劇壇に直にまた持って来る事も出来ないでしょうし、文士劇でも勿論あるまい。
— 岡本綺堂 『当今の劇壇をこのままに』 青空文庫
四 文士劇の先駆、黄鶴楼の芝居 判然とは覚えないが、たしか二十三年の春であった。
— ――尾崎紅葉―― 『硯友社の勃興と道程』 青空文庫
無論、劇についての特別の抱負があったわけでなく、いわば夷子講の茶番のようなものであったが、左に右く文士劇の先駈をしたので、何事にも新らしい試みに率先した当時の硯友社の意気を窺う事が出来る。
— ――尾崎紅葉―― 『硯友社の勃興と道程』 青空文庫
芸術の上で道を誤っていると感じて、毎日派文士劇の女優となったのは三十九年のことである。
— 宮本百合子 『婦人と文学』 青空文庫
名人と呼ばれ、女団十郎と呼ばれ、九代目市川団十郎の、たった一人の女弟子で、九女八という名をもらっている師匠が、歌舞伎座のような大舞台を踏まずに、この立派な芸を、小芝居や、素人まじりの改良文士劇や、女役者の一座の中で衰えさせてしまうのかと、その人の芸が惜くって、静枝は思わず涙ぐんだ。
— 長谷川時雨 『市川九女八』 青空文庫
だから我々が模範を……と、劇評家たちが娑婆ッ気を起すことになり、それが文士劇に発展したのは、前に書いた通りである。
— 野村胡堂 『胡堂百話』 青空文庫