自邏
じら
名詞
標準
文例 · 用例
これは一理あるようであるが、漢語や梵語の輸入された時代の日本と現代の日本との文化の程度の相違ということを考慮に入れるならば決して一律には論じられないと思う。
— 九鬼周造 『外来語所感』 青空文庫
詩句の各各の言葉の傳へる氣分が、情操の肉感とぴつたり一致し、そこに一種の「氣分としての抑揚」が感じられることにある。
— 萩原朔太郎 『青猫』 青空文庫
ただ詩句の全體から、直覺として「感じられる」にすぎないのだ。
— 萩原朔太郎 『青猫』 青空文庫
けれども全體から、直覺として感じられるリズムがある。
— 萩原朔太郎 『青猫』 青空文庫
それは一つの形相なき拍節であり、一つの「感じられるリズム」である。
— 萩原朔太郎 『青猫』 青空文庫
なぜならば我等の求めるものは、形の拍節でなくして氣分の拍節、即ち「感じられるリズム」であるから。
— 萩原朔太郎 『青猫』 青空文庫
この場合の意味は、詩全體から直覺的に感じられる所の「氣分としての音樂」が聽えない。
— 萩原朔太郎 『青猫』 青空文庫
即ち「感じられるリズムが無い」を言ふのである。
— 萩原朔太郎 『青猫』 青空文庫