文野
ぶんや
名詞
標準
文例 · 用例
(中新聞)美を度外に視ること能はざる人性を知らず、趣味の高卑より國民の文野分るゝことを知らぬ人々なればこそ、かゝる決斷をなすならめ。
— 森鴎外 『柵草紙の山房論文』 青空文庫
事に当りて論ず可きは大に論じて遠慮に及ばずと雖も、等しく議論するにも其口調に緩急文野の別あれば、其辺は格別に注意す可き所なり。
— 福沢諭吉 『新女大学』 青空文庫
故に人間社会の事物今日の風にてあらん限りは、外面の体裁に文野の変遷こそあるべけれ、百千年の後に至るまでも一片の瘠我慢は立国の大本としてこれを重んじ、いよいよますますこれを培養してその原素の発達を助くること緊要なるべし。
— 瘠我慢の説 『瘠我慢の説』 青空文庫
国の文野を知らんと欲せば先ずその人民の食物を検すべし。
— 春の巻 『食道楽』 青空文庫
三國時代に降ると、呉には孫堅・孫策・孫權の父子兄弟、陸遜・陸抗・陸機・陸雲の父祖子孫、周瑜・魯肅の才、韋昭・虞翻の學、濟々たる多士の觀はあるが、併し大體より觀察すると、北支那と南支那との間に、當時猶ほ文野の大懸隔の存したことは、動かすべからざる鐵案である。
— 桑原隲蔵 『晉室の南渡と南方の開發』 青空文庫
二 然るに晉室の南渡は、この南北の文野の區劃に、大なる變動を生ぜしむる原因となつた。
— 桑原隲蔵 『晉室の南渡と南方の開發』 青空文庫
南北文野の懸隔實に甚しい。
— 桑原隲藏 『歴史上より觀たる南支那の開發』 青空文庫
されば支那人は外國と觸接する場合、先づその國の孝道の盛衰有無によつて、その國の文野を測定する。
— 桑原隲藏 『支那の孝道殊に法律上より觀たる支那の孝道』 青空文庫