曲がり家
まがりや
名詞
標準
文例 · 用例
我我は一人にして詩人と音樂の作曲家とを兼ねることができない。
— 萩原朔太郎 『青猫』 青空文庫
実に小説家や戯曲家やは、その最も主観的な作家であってさえも、やはり人生を観察し、風俗を描写し、表現を表現すること自身に於て、当面の直接な興味をもってる。
— 萩原朔太郎 『詩の原理』 青空文庫
演奏方面は勿論として、作曲家も没々出て来る。
— 中原中也 『音楽と世態』 青空文庫
疑ひだすと果しがないけれども、いつたい、彼にはどのやうな音樂理論があるのか、ヴアイオリニストとしてどれくらゐの腕前があるのか、作曲家としてはどんなものか、そんなことさへ私には一切わかつて居らぬのだ。
— 太宰治 『ダス・ゲマイネ』 青空文庫
先達て宮中の園遊会で音楽者、戯曲家、文学者を招待されたが科学者は呼ばれなかった」とこぼしている。
— 寺田寅彦 『話の種』 青空文庫
日本画家、洋画家、彫刻家、戯曲家、舞踏家、評論家、流行歌手、作曲家、漫画家、すべて一流の人物らしい貫禄を以て、自己の名前を、こだわりなく涼しげに述べ、軽い冗談なども言い添える。
— 太宰治 『善蔵を思う』 青空文庫
長兄の書棚には、ワイルド全集、イプセン全集、それから日本の戯曲家の著書が、いっぱい、つまって在りました。
— 太宰治 『兄たち』 青空文庫
疑いだすと果しがないけれども、いったい、彼にはどのような音楽理論があるのか、ヴァイオリニストとしてどれくらいの腕前があるのか、作曲家としてはどんなものか、そんなことさえ私には一切わかって居らぬのだ。
— 太宰治 『ダス・ゲマイネ』 青空文庫