新人会
しんじんかい
名詞
標準
文例 · 用例
大正七年の末、東大には新人会という団体が出来た。
— 三木清 『読書遍歴』 青空文庫
やがて市子が大杉を刺したのをクライマックスとして、新人会の時代が展開されて来て、文学は一つの〔約五字不明〕女の世界の中に於てもあけるわけです。
— 一九三九年(昭和十四年) 『獄中への手紙』 青空文庫
吉野氏十二月の『中公』に書いて居る新人会時代への批評正し。
— 一九二七年(昭和二年) 『日記』 青空文庫
「木村さんていう方の専門はなになのかしら」「さあ、大学では経済をやっていたんだが――ちょっと新人会あたりに首をつっこんだこともあったらしい」 蜂谷は、考えていて、「利根亮輔に会いませんでしたか」と伸子にきいた。
— 宮本百合子 『道標』 青空文庫
そして長谷川如是閑氏や吉野作造氏の序文がついていることから、当時は全くわからなかったが、その井口という人が新人会初期の時代に青年期を生活した人であったことを理解し、当時の進歩的であった大学生の生活と今日の急進的学生の生活内容との間にある違いの大さを、深く感情を動かして思い較べたのであった。
— 宮本百合子 『生活の道より』 青空文庫
雑誌『解放』は、吉野博士を中心にして、帝大法科新人会の人たちが編輯をしていた、高級な思想文芸雑誌だった。
— 長谷川時雨 『柳原※子(白蓮)』 青空文庫
武麟もその一人だが、この社会的リアリティーを背負って立った学生達の代表的な一団である新人会や、その社会的組織であった学連などから、運動家、理論家、作家などを面白い程多数に輩出したことは、誰知らぬ者はないが、注目を怠ってはならぬ点だろう。
— 戸坂潤 『思想と風俗』 青空文庫
そして夫が新人会的な活動へと発展した。
— 戸坂潤 『哲学の現代的意義』 青空文庫
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新人会(しんじんかい)は、日本で戦前に存在した東京帝国大学を中心とする学生運動団体。1918年(大正7年)12月結成され、1929年(昭和4年)11月に解散するまで、戦前の日本における学生運動の中核的存在であった。判明する会員数は延べ人数にして約360名。
出典: 新人会 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0