町小路
まちこうじ
名詞
標準
文例 · 用例
その日の焼亡はまことに前代未聞の沙汰で、下は二条より上は御霊の辻まで、西は大舎人より東は室町小路を界におおよそ百町あまり、公家武家の邸をはじめ合せて三万余宇が、小半日の間に灰となり果てたのでございます。
— 神西清 『雪の宿り』 青空文庫
その日の焼亡はまことに前代未聞の沙汰で、下は二条より上は御霊の辻まで、西は大舎人より東は室町小路を界におほよそ百町あまり、公家武家の邸をはじめ合せて三万余宇が、小半日の間に灰となり果てたのでございます。
— 神西清 『雪の宿り』 青空文庫
――で、いまの所在地は、執権の亭館よりずっと遠く、北は源氏山から西は大町小路をへだて、橋ノ内には、万一、熊谷蓮生坊のごとき者が暴れ出しても慌てぬように、常備の詰武者もあるほどな広い一地域を劃されていた。
— あしかが帖 『私本太平記』 青空文庫
もちろん義貞も、部下を大町小路にとどめ、規定の従者だけを伴って、所内の装束屋敷に入った。
— あしかが帖 『私本太平記』 青空文庫
ウィキペディア
町小路(まちこうじ)とは、中世京都の町衆の中心となった通りであり、そこには土倉が建ち並んでいた。現在の新町通のルーツにあたる。
出典: 町小路 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0