政要
せいよう
名詞
標準
文例 · 用例
廿日、戊辰、将軍家貞観政要の談議、今日其篇を終へらる、去る七月四日之を始めらる。
— 太宰治 『右大臣実朝』 青空文庫
家康は、関ヶ原合戦の時にさへ、「貞観政要」を印刷させてゐるし、その後も「吾妻鏡」を刊行させてゐる。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
〕貞観政要 大宗曰 忠良有異乎。
— 坂本龍馬 『坂本龍馬手帳摘要』 青空文庫
されど『貞觀政要』によると、貞觀五年(西暦六三一)太宗謂侍臣曰。
— 桑原隲藏 『支那の孝道殊に法律上より觀たる支那の孝道』 青空文庫
此の目録は神事、帝紀、公事、政要、氏族、地理、類聚、字類、詩家、雜抄、和歌、和漢、管弦、醫書、陰陽、傳記、官位、雜々、雜抄に分類されて居ります。
— 内藤湖南 『日本國民の文化的素質』 青空文庫
秀吉がキリシタン追放令を発布してから六年後の文禄二年(一五九三)に、当時五十二歳であった家康は、藤原惺窩を呼んで『貞観政要』の講義をきいた。
— ――キリシタン渡来文化前後における日本の思想的情況―― 『埋もれた日本』 青空文庫
慶長四年(一五九九)の『孔子家語』、『六韜三略』の印行を初めとして、その後連年、『貞観政要』の刊行、古書の蒐集、駿府の文庫創設、江戸城内の文庫創設、金沢文庫の書籍の保存などに努めた。
— ――キリシタン渡来文化前後における日本の思想的情況―― 『埋もれた日本』 青空文庫
家康に『貞観政要』を講義した藤原惺窩は、いかなる特殊の内にも普遍の理が存することを力説した学者であった。
— ――キリシタン渡来文化前後における日本の思想的情況―― 『埋もれた日本』 青空文庫