寿蔵
じゅぞう
名詞
標準
文例 · 用例
信美の家へ引取られるまでに、一時、寿蔵を営んだ西福寺へ寄寓したりなぞしても居た。
— 岡本かの子 『上田秋成の晩年』 青空文庫
後に枳園の自ら選んだ寿蔵碑には「有故失禄」と書してあるが、その故は何かというと、実に悲惨でもあり、また滑稽でもあった。
— 森鴎外 『渋江抽斎』 青空文庫
寿蔵碑には、浦賀、大磯、大山、日向、津久井県の地名が挙げてある。
— 森鴎外 『渋江抽斎』 青空文庫
寿蔵碑には「安政五年|戊午十二月五日、初謁見将軍徳川家定公」と書してあるが、この年月日は家定が薨じてから四月の後である。
— 森鴎外 『渋江抽斎』 青空文庫
枳園の寿蔵碑の後に門人|青山道醇らの書した文に、「夏月畏雷震、発声之前必先知之」といってある。
— 森鴎外 『渋江抽斎』 青空文庫
寛斎は枳園が寿蔵碑の後に書して、「余少時曾在先生之門、能知其為人、且学之広博、因窃録先生之言行及字学医学之諸説、別為小冊子」といっている。
— 森鴎外 『渋江抽斎』 青空文庫
寿蔵碑に「日々入局、不知老之将至、殆為金馬門之想云」と記してある。
— 森鴎外 『渋江抽斎』 青空文庫
寿蔵碑に拠れば津久井県であらうか。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫