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フン族

フンぞく
名詞
1
標準
Huns (nomadic people)
文例 · 用例
フン族の系統、さもなくば、日本人の直情をあらわす、切れの長い、大きな眼である。
久生十蘭 地底獣国 青空文庫
1) Gibbon, vol. iv. c. xxv. from A. D. 364 to 375. ロウマの運命は、遂に、ゴオト族全体を帝国に雪崩れ込ませたフン族の抗し難き移動によって、決定された1)。
AN ESSAY ON THE PRINCIPLE OF POPULATION 人口論 青空文庫
フン族の恐るべき侵寇、蒙古人及び韃靼人の広汎な侵入、アッチラ、ジンギスカン、タンメルランの血腥い征服、及び彼らの帝国の建設と崩壊に伴った恐るべき動乱の時代を通じて、人口に対する妨げが何であったかはただ余りにも明かである。
AN ESSAY ON THE PRINCIPLE OF POPULATION 人口論 青空文庫
その間にフン族の王アッチラの来襲とか、ゲルマン傭兵の指揮者オドアケルによる西ローマ帝国の滅亡(476)とか、東ゴート族のテオドリックによるオドアケル討伐とか、ロムバード族のイタリア占領とかの如き事件が起り、ローマ帝国の西欧側は完全に壊滅に帰した。
日本の悲劇 鎖国 青空文庫
同じ著者たちによるとこの病気は紀元80年ごろにフン族に流行し西への移動にあたって3万人、4万頭のウマ、10万頭のウシが罹ったと言われている(ヨハネス・ミュラー)。
――専門家でない読者に必要な12章を含む発疹チフス一生の伝記 ネズミ、シラミ、歴史 青空文庫
フン族がシナから追い出されたことに始まりカスピ海に向かったのに始まったのであろう。
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フン族とアラニ族に押しのけられてゴート族はローマ領に入りドナウ川に沿って一時的に定住した。
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紀元425年にフン族はそれまで邪魔されなかったコンスタンティノープルへの進軍を諦めた。
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作例 · 標準
アッティラ王に率いられたフン族の騎馬軍団は、ヨーロッパ全土に恐れられていた。
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歴史の授業で、ゲルマン民族の大移動のきっかけとなったフン族の西進について学んだ。
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フン族は優れた騎馬技術と強力な弓を活用し、広大なステップ地帯を支配した遊牧民だ。
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ウィキペディア

フン族(フンぞく、Hun)は、4世紀から6世紀にかけて中央アジア、西アジア、東ヨーロッパ、西欧に住んでいた遊牧民である。ヨーロッパの伝承によれば、彼らはヴォルガ川の東に住んでおり、当時スキタイの一部だった地域で初めて報告された。フン族の到来は、北東アジアに有った匈奴の滅亡と西方への移住に関連している。370年までにフン族はヴォルガ川に到着し、430年までにヨーロッパの広大な範囲で支配権を確立し、ローマ国境の外に住むゴート族や他の多くのゲルマン民族を征服し、他の多くの民族のローマ領土への逃亡を引き起こした。フン族は、特に彼らのアッティラ王の下で、東ローマ帝国に頻繁に破壊的な襲撃を行った。451年、フン族は西ローマ帝国のガリア州に侵攻し、カタラウヌムの戦いでローマ人とゴート族の連合軍と戦い、452年にイタリア半島に侵攻した。453年のアッティラの死後、フン族はローマにとって大きな脅威となることは無くなり、ネダオの戦い(454年)で帝国の領土の西部を失った。フン族が約4〜6世紀に西欧と東ヨーロッパと中央アジアの一部を占領した記録が、南、東、および西の近隣の住民によってなされている。フン系の名前の変種は、8世紀初頭まで記録されている。

出典: フン族 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0