富士講
ふじこう
名詞
標準
Edo-period Shinto sect dedicated to the worship of Mt. Fuji
文例 · 用例
關東には富士講の連中多し。
— 大町桂月 『近藤重藏の富士山』 青空文庫
この家族を始め、旧くから大久保に住む農夫の間には、富士講の信者というものが多かった。
— 島崎藤村 『芽生』 青空文庫
私の家に復たこのような不幸が起ったということは、いよいよ祈祷の必要を富士講の連中に思わせた。
— 島崎藤村 『芽生』 青空文庫
村の入口から左へ折れて、一町あまり歩いて行くとそこに有名な人穴があるが、今では奥行数十間、変哲もない岩穴であって、富士講開祖角行の墓や浅間神社の小さい祠や石塔などが立っているばかり、何が名所だと云いたくなるが、昔はどうしてこの人穴は非常に深かったものと見えて、東鑑にこう書いてある。
— 国枝史郎 『神州纐纈城』 青空文庫
ところで今日も存在する入り口に近い一条の横穴――富士講中の籠舎の附近に、その頃女の面作師が一人|窃かに籠っていた。
— 国枝史郎 『神州纐纈城』 青空文庫
聞く、この人造の富士山は、この村の富士講の連中言ひあはせ、ひま/\に、一畚づゝ土を運び、十年もかゝりて、數年前に、こしらへ上げたりとの事也。
— 大町桂月 『狹山紀行』 青空文庫
そして旗や幟にかいてある文字によって、わたしは其頃見馴れた富士講や大山参なぞと其日の行列とは全く性質の異ったものである事だけは、どうやら分っていたらしい。
— 永井荷風 『花火』 青空文庫
私の村には富士講と御岳講とがあって、私の家は御岳講でしたから、未だ御岳へ初登山も済まさぬ中に、他講の富士山へ登ることは許されないのですが、丁度同年である村の少年が行くので羨しくて堪らず、余りにせがむので、遂に子供の事だから差支あるまいということになって、先達から同行を許されました。
— 木暮理太郎 『登山談義』 青空文庫
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富士講(ふじこう)、または浅間講(せんげんこう)は、狭義には江戸時代に成立した民間信仰のひとつで、特に江戸を中心に関東で流行した、角行の系譜を汲むものをいう。講社に留まらず、その宗教体系・宗教運動全般を指すことも多い。一般的に「富士講」と言うと通常はこちらを指している。広義には富士山とその神霊への信仰を行うための講社全般を指す場合もある。
出典: 富士講 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0