五摂家
ごせっけ
名詞
標準
the five regent houses
文例 · 用例
その範囲は、上は親王、五摂家、親藩、大名から下は各藩の下士、浪人にまで及んだ大規模のものである。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
そこでどうやら田沼めは、将軍家ご他界の一刹那に、武力弾圧(クーデター)をやるらしいのじゃ」「…………」「そうして彼自身偽造の遺言――将軍様ご遺言をふりかざし、西丸様を弾劾し、京師五摂家の公達一人を奉戴して十一代将軍とし、自身は大老となる心算とか。
— 国枝史郎 『血煙天明陣』 青空文庫
大伴家累代の重臣が縁組をすすめるならば、五摂家の姫君などが、いかにも然るべきところであろう。
— その十四 ロッテナム美人術 『明治開化 安吾捕物』 青空文庫
公卿においてもやはり同様で、身分の高くない公卿は、五摂家などに出入りしてその家職となり執事となった。
— 原勝郎 『東山時代における一縉紳の生活』 青空文庫
道長には倫子と高松殿と北政所が二人あるといわれたほどであったが、やはり嫡妻倫子腹の頼通の子孫から近衛・九条の二家が分れ、さらに五摂家に分れて今日に血を引いたが、高松殿腹の長家の筋は摂関大臣に登る家柄にはなれないで、普通には大中|納言に止まる家柄であった。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
七月十三日、秀吉は、拝命の御礼として、南殿に猿楽を催し、叡覧に供えんと称して、天皇、皇子、五摂家、清華、その他の公卿、諸|大夫、諸侍までを、こぞって招待した。
— 第十一分冊 『新書太閤記』 青空文庫
作例 · 標準
藤原氏の五摂家は、摂政・関白を独占しました。
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日本の歴史において、五摂家は朝廷内で大きな力を持っていました。
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五摂家から、多くの公家が輩出されました。
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