強藩
きょうはん
名詞
標準
文例 · 用例
江戸幕府を直接|覆したものは、創業の家康が極度に恐れた外様の雄藩、強藩ではなくて、志士と呼ばれる下級武士の活躍であり、大頭鯨を追つて来た船を保護するために、アメリカ政府が持ち込んだ強談判であつた。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
いかに長州が強藩でも天下の敵に当たって戦うことはできまい、去年尾州殿の陣頭にさえ首を下げて服罪したくらいである、まして将軍家の進発と聞いたら驚き恐れて毛利父子が大坂に来たり謝罪して御処置を奉ずるのは、あだかも関ヶ原のあとで輝元一家が家康公におけるがごとくであろう。
— 第一部下 『夜明け前』 青空文庫
莫大な費用をかけて江戸から動いた幕府方は、国内の強藩を相手とする前に、より大きな勢力をもって海の外から迫って来たものを相手としなければならなかったのである。
— 第一部下 『夜明け前』 青空文庫
そもそも維新の事は帝室の名義ありといえども、その実は二、三の強藩が徳川に敵したるものより外ならず。
— 瘠我慢の説 『瘠我慢の説』 青空文庫
幕府の末年に強藩の士人等が事を挙げて中央政府に敵し、其これに敵するの際に帝室の名義を奉じ、幕政の組織を改めて王政の古に復したるその挙を名けて王政維新と称することなれば、帝室をば政治社外の高処に仰ぎ奉りて一様にその恩徳に浴しながら、下界に居て相争う者あるときは敵味方の区別なきを得ず。
— 瘠我慢の説 『瘠我慢の説』 青空文庫
公卿は、薩長を主とする強藩の策士と共謀して、孝明天皇の攘夷の勅書を作りあげたり、それを書きなおしたりしていた。
— 誰が日本民族の主人であるか 『天皇』 青空文庫