大阪夏の陣
おおさかなつのじん
表現名詞
標準
summer campaign of the siege of Osaka (1615)
文例 · 用例
大阪夏の陣、豊臣氏滅亡の元和元年より現在まで約三百三十年の間に、約六十回の凶作があつたのである。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
元和元年大阪夏の陣に、三斎公に従って武功を立てたが、行賞の時思う旨があると云って辞退したので追放せられた。
— 森鴎外 『興津弥五右衛門の遺書』 青空文庫
現代青年をどんなに咎めても、真田幸村(大阪夏の陣)や後藤基次(大阪夏の陣)の余命は幾らも無く、いろいろの立派な由緒ある古いものは新時代には高塚となって遺るだけだろう。
— 幸田露伴 『努力論(現代訳)』 青空文庫
――元和元年大阪夏の陣の時、戰に敗れた眞田の殘黨が逃れて來てこの地に居を据ゑたのが横川の部落の起源であるといはれてゐた。
— 島木健作 『黎明』 青空文庫
「大佛錢のやうだが――」 詰草の寛永通寶に交つて、たつた一枚、眞新しい文錢、――それは昔々徳川家康が鐘名に文句を附けて、豊臣家を困らせ、大阪夏の陣の原因になつた方廣寺の大佛を、寛文二年三月、潰して鑄た有名な文錢――だつたのです。
— 一枚の文錢 『錢形平次捕物控』 青空文庫
メーデー事件と大阪夏の陣 先ごろのメーデーの、そのすぐ翌日のことでありましたが、週刊の編集の方がきまして、あの場面を直接目撃した社の社會部のI記者の話をまざ/\と聞いたんでありますが、それによるとかういふ状景だつたといひます。
— 吉川英治 『折々の記』 青空文庫
作例 · 標準
例句